2008 バイクフォーラム in 浜松

さる8月26日(日)、R1-Z氏の誘いに乗り浜松に行って参りました。浜松はホンダ、ヤマハ、スズキの発祥の地であります。これは戦前の航空機産業の雄、中島飛行機製作所がこの地で操業していたことに端を発している。つまり、航空機用部品を製造する工場がたくさんあったのだ。また、ツナギで有名なクシタニも、戦前は革製飛行服を製造しており、その職人技をバイク用品に転用したことで知られている。今も鈴鹿サーキットにその名を残すエルンスト・デグナーも初期の愛用者であったようだ。

前置きはこの程度にして、本題に入ろう。今日の目的は我らが英雄、平忠彦氏をはじめとして、宮城光氏(現ホンダコレクションホール職員)、藤原儀彦氏(元ワークスライダー)、芹沢太麻樹氏(元ワークスライダー)、渡辺明氏(元モトクロス世界チャンプ)、そして東海の暴れん坊こと水谷勝氏のトークショウだ。ここで告白しておかねばならないことは、渡辺氏のことは存じていなかった。日本でレースといえばロードの方が圧倒的に知名度は高い。モトクロスはじめとしたオフロード系は地味な存在と言える。管理人もごく最近オフロードツーリングを始めたばかりで、走行時間は180時間程度だ。ロードは5000時間以上を数えていることと比較すれば、いかにその腕が未熟かおわかりいただけよう。そういったわけで、オフ系の方は知識、技量共にまだまだ修行中である。

トークショーは2時間程度に渡り、とても濃い内容であった。すべては網羅できないので、特に印象的であった所のみを紹介しよう。

  水谷氏は平氏を今でもライバル視

  宮城氏はツッコミ王者

  藤原氏は無口

  芹沢氏は大先輩に囲まれて肩身が狭い

  渡辺氏はロードが大苦手

  平氏は水谷氏の熱い思いに少々困惑

といったところだろう。

1と6に関しては、今更管理人のような若造が述べることではない。当時をよく知るR1-Z氏によると競り合い時には「足蹴り」、「ヒジテツ」が日常茶飯事だったらしい。平氏は「いまでもそのように(ライバルと)思って下さって光栄です」。水谷氏は「平選手がいたから今の私がいる。」、「(あらゆる面で)平選手には負けたくない」というやり取りが行われていた。好敵手がいるとは羨ましいですなぁ。管理人にも英検やTOEICに付き合ってくれる好敵手がいれば勉強も進むだろうか。いや、基本は本人の努力だ。

2についてはあまり知られていないのか、私が知らないのか。ある富士の一戦で、スターと直後に1コーナを突っ込みすぎてオーバーラン。その後レースに復帰するも半周遅れで孤高の一人旅だったそうだ。本人にとって一番寂しいレースということだった。現在はホンダコレクションホールのレストアされた車両(2輪、4輪問わず)を試走させていること、GPの解説で活躍中の氏だ。管理人も一度マクラーレンMP4/4(1988)をドライブする氏を見たことがある。

3については特にコメントはないが、どうやら聞き役キャラのようだ。管理人は1995年に8耐でスプーン1つ目で直進した氏を見たことがある。笑って話を聞いていて、司会の女性からしきりに突っ込まれていた。

4の芹沢氏は1992年9月の全日本で走る姿を見たことがある。氏は丁度この年にモトクロスからロードに転向してきていて、当初はコーナリング時に「足」を出していたらしい。現在はカワサキのGPマシンの開発ライダーをしていて、350km/h程の最高速を体験することもあるそうだ。

5について。渡辺氏については管理人は全く知らないので、ちょっと調べてみた。詳しくは氏のホームページhttp://homepage3.nifty.com/a-pro/awp/index.htmを参照されたい。そこからの引用でありますが、日本人初にして、唯一の世界モトクロス選手権の王者(1978)を年間7勝して獲得、パリダカ完走(1991年)、最近はチームオーナーとして後進の指導、執筆活動などに精力的に取り組んでおられるようだ。どうやら一番地味に見える彼が一番すごい人かもしれない。日本人初にして唯一の王者ということは、彼以来だれも王者になっていないということではないか。その件に関して、氏は「渡辺の指導が悪い」と批判を浴びるらしい。これは照れ隠しか、事実なのかは不明だが、上手くなるには本人の努力が第一で、その次にコーチの技量だろうと管理人は考える。ということは氏がそこまで批判される言われはないのではなかろうかと思う。技は盗むのが本筋であろう。

6の水谷氏であるが、唯一の現役ライダーとして8耐には継続的に参戦している。管理人も8耐をGSFで走る氏を何回か見ているし、四国在住時代には徳島県の某サーキットで氏にサインを貰った。その時はKENZ代表の川島氏ともご一緒した。氏は最近、テスト中に大転倒して死にそうになったそうだが、今はかなり回復していて、来年には復帰したいと意気込みを語っていた。また、「いいライダーはいいコーチになれない」と某プロ野球の元監督と同じような発言をされていた。水谷勝は典型的な、俗にいう天才肌のライダーといえるのではないだろうか。

また、最近のバイク事情を端的に表している例として、年齢層の上昇だろう。管理人は1973年生まれの34歳であるが、まだまだ若造ライダーの部類に入る。(飛行時間は誇っていも良いと思っている。腕はイマイチだけどね。)ご年配の方々はツナギ、皮パン等の上等な装備でバイクを楽しんでおられる。管理人も装備は持っているが、サーキット走行か、レース以外ではまず着用することはない。普段はライダージャケットにジーパンだ。やはりライダーは「若い」ということを持続できるということではなかろうか。管理人もそうありたいものだ。ということで、フォーラムレポート終わります。

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