北海道紀行5 

(2010年8月12日〜8月21日)

 

ピップぶんぶんハウス前にて

 

第4日目(8月16日)

 

1.今日は走るよ

 

5時30分に起床した。周りの宿泊している方々はまだ寝ているが、窓からまぶしい朝日が入ってきていて、嬉しくて落ち着かない。今日は早めに出発したいので迷惑にならないよう、共有スペースであるテレビ部屋にて、クラッカーの朝食を摂る。そして、今日の飛行計画を考えるのだが、ここからだと東へも北へも、また西へも行くことができる。天気予報によると、西から天気が回復してきている。つまり、東へ向かうと雨を追いかけてしまうことになりそうなので、ひとまずheading360で名寄へ向かい、その後は最北端へ向かうか、オホーツク海側へ出るか、その場で考えることにしよう。

 

ちょっと外の様子を見てみると、水溜りが少々みられるものの、路面は完全に乾いている。これを見てさらに嬉しくなり、小躍りしてしまいそうだ。トイレに向かう途中に女性部屋の前を通るが、どうやら昨日は一人も女性ライダーは来なかったようだ。代わりに、男性宿泊者が使用していると思われる。

 

その後、外へ出て相棒のTDMを点検しておく。昨日の晩にチェーンオイルを吹いておいたので、雑巾で余分をふき取っておく。ちょっとチェーンがたるんできているが、大荷物なのでこのくらいで問題なかろう。しかし、伸びがでてきたということは、そろそろ寿命も近いのかな。

 

再びテレビスペースへ戻ると、管理人と同地区にお住まいの大学生ライダーが、起きてきていた。お互いに挨拶し、今日の予定などを話し合う。ところでこの方、本当は先週帰ろうと思ったのだが、フェリーの予約ができなくて、まだ暫く滞在されるそうだ。なんとも羨ましい話である。もっとも当方も大学3年時に、初の北海道ツーリングでは3週間程の日程で来ているので、「お前だって学生時代に楽しんでるジャン」と突っ込まれそうだ。しかし、今思えばバイトをして資金を足して、もう2週間くらいは旅を続けるべきであった、と後悔している。だって、学生の時しかそんなことできないじゃあないですか?

 

2.名寄へ向けて

 

周りの人たちの半数はまだ寝ているので、目立つゴミのみを拾って掃除とし、申し訳ないが先に出発する。昨日の看護師氏とは話が弾んだので、当ページを紹介したメモを残しておいた。

 

看護士氏のマシン カブ

(ひざ掛け装着)

 

荷物を積載してTDMを玄関口まで出し、写真を撮る。起床時よりもさらに天気が良くなっている、嬉しいぞ。そして少し離れた所でエンジンを始動し、マシンの調子をみて出発だ。あ、丁度看護師氏も起きてこられた。手を挙げて挨拶する。またお会いしましょう。

 

こうして比布の商店街を通り、国道40号線へ乗る。しばらく走行して街を離れると、まわりは田んぼばかりだ。おや、既に穂がでていて、頭を深と々と下げている。もう来週には刈り入れかな。

 

こうして、ほとんど交通量の無い、田んぼを貫く一本道を快走していく。途中ラジコンを畑で飛ばしている人を見たが、商売道具なんだろうか?こうして、スキー場を越え、さらに塩狩峠も過ぎていく。今回も三浦綾子文学記念館には行けなかった。別に特に好きというわけでもないが、たまには文学の勉強でもしてみたいと思うのだが。

 

そして、和寒側へ降りてくるのだが、この辺りは田んぼよりも畑の方が多いように思われる。特に和寒はかぼちゃの生産で有名であるので、それを作付けている畑がとても多い。そういえば、2008年はかぼちゃ王国でソフトクリームを食べたっけなぁ。ほのかなかぼちゃの風味が、また牛乳の風味と混ざり合っていて、なかなか旨かった。当時を思い出しながら、和寒かぼちゃ王国前も通過していく。まだ営業時間前なので、当然閉まってしる。

 

さらに剣淵を通過するのだが、こちらの絵本の館もいずれ見てみたい。当方、子供の頃はあまり絵本に縁がなかったので、今更ながらに興味があるのだ。え、まだ大人になっていないんじゃあないかって?そうかもしれない。しかし、一応自己弁護しておくと、心理学的に言えば、大人になるということは、それを核にして大人が包括していくそうだ。つまり、子供の部分は大人の中に残っているわけだ。

 

さらにかぼちゃ畑が両脇に広がる道を、どんどんと進んでいこう。すると、再び田んぼが増えてくる。まだまだ稲作の北限は先にあるようだ。こうして、T社の自動車試験施設がある士別を通過、名寄へ入った。因みにこの近所にはマツダやダイハツの施設もあるようだし、ちょっと南の鷹栖町にはホンダもある。耐寒試験を行うには良い場所なのだろう。

 

さて、少々疲れたので、真新しい道の駅である「もち米の里なよろ」へマシンを入れる。朝早いので、まだ人影はまばらだが、向こうの駐輪場にはじじいがブラブラしている。「これは厄介なことになるかも」と思い、ちょっと建物から離れた駐輪場へバイクを停めてトイレに向かう。すると、先ほどのじじいが「こっちにバイクを停めればいいじゃないか」と言ってきたので、「いえ、向こうでいいんです」と答えたのだが、また同じことを言ってくるので、こっちも同じことを言い返した。するとそのじじいは不満そうな顔をしていたのだが、やはり、バイクをサカナにして話しかけて、ライダー捕まえ、暇つぶしするつもりだったようだ。なんか嫌な予感がしたのだが、的中だった。

 

こうして用を足した後、人の気配のない施設の掲示などを見て、再び外へ出てくる。すると、W650が建物に近い駐輪場に停まっている。「650氏はやられたか?」と思ったが、うまく避難したようだ。そりゃそうだろう。当方のような鈍感なライダーでも「怪しい」と判るのだから、大抵の方なら必ずピンとくるはずだ。じじいは不発に終わっていたので、建物の向こう側で新たな「獲物」を探しに行ったようだった。というわけで、水分をもとめてから、このW650の近くのベンチで休息する。

 

周りはこの道の駅の名前の通り、黄金色になった田んぼが遥か向こうまで続いている。まだまだ日差しが強いのだが、気温は30度に満たないくらいだ。そして8月のこの季節に実った稲穂。なんか季節感が狂わされているような気がするが、北海道はこういうものなのだろう。そんなことを考えていると、Wのライダーが戻ってこられた。軽く挨拶をして、休息を続ける。

 

そして気が付いたのだが、この道の駅の隣は農協の施設があるようで、その前には古いトラクターが展示してある。ナイタイ高原にも似たような機体があったなぁ。因みにこのあたりのJAは「ひびき」という名称なのだが、最近買ったエロ本に「響ちゃん」という素人?が、編集部のバイト要員という設定で登場している。はい、いこ!(W氏、ウケなくてもよいですよ)。

 

3.ひまわりは今年も鮮やか

 

こうしてゆったりとした後、いよいよ名寄のサンピラーパークを目指して発進だ。この後も国道40号線はずっとまっすぐで、しばらくするとやっと名寄の街が見えてくる。さて、名寄には国道40号線の名寄バイパスがあるのだが、サンピラーパークは街外れの日進地区にあるので、バイパスではなく、旧道を走行していく。全く関係ないが、当方の最寄駅も日進だ。同じ名前がけっこうあるものなんだな。

 

こうして国道を離れ、道道939で日進橋を渡ると、ひまわり畑が見えてくる。んー、この公園がひまわり畑のメイン会場ということらしいが、もう半分終わっているぞ。しかし、丘の向こう側が見ごろと看板が出ている。そこで、バイクを駐車場に停めて、無料自転車でそちらへ向かう。

 

それでは参りましょう

 

ヒーヒー言って丘を越えると、満開のひまわりがこちらを向いている。現在のところ、見物人は当方のみなので、ひまわりの「おはよう」の挨拶は独り占めというわけだ。ところで、こちらのサンピラー会場は初めて訪れたのだが、規模的には智恵文会場の方がでかいように思われる。さて、そうなると、やはりそちらへ向かいたい。

 

 

サンピラー会場の様子

 

ひと通り景色を楽しんだ後、ゆっくりと丘を下り駐車場まで戻ってきた。ええと、智恵文会場はと・・・、地図で調べてみると、線路沿いの道を行けばすぐにわかりそうだ。エンジン始動許可願います、許可、智恵文へレーダー誘導、レーダーコンタクト、針路300〜270で飛行せよ。ブツブツとつぶやきながら、勝手に管制を受けて走行開始。なんだかちょっと熊が出そうな雰囲気の場所を通り、パッと開けた所が智恵文だ。2008年に訪れた畑が斜面の中ほどに見える。さらに向こうにはまた違う、大きな畑がある。今年はそこへ行ってみよう。

 

おお、強い日差しにこのひまわり。いかにも「夏」という趣である。いったいどのくらいの広さなのだろうかな、まっ平な場所なので余計に広く見えるのだろう。花は見事に皆同じ方向を向いている。さて、この平地の畑には写真を撮りやすいように、仮設展望台が設けてある。ちょいとこちらを利用しよう。もちろん、見物人は当方のみだ。展望台からボケタンとひまわり畑を眺める。こういう時は何と言えばよいのだろうか。ちょっと今日は言葉が出てこない。いやはや、どのようにレポートしたらよいだろうか。ひまわり畑は大抵丘状になった場所に作られるが、平地もなかなか捨て難い。

 

こちらもお見事

 

このあたりは画像にて、その雰囲気を感じていただけますでしょうか。当方がこの場を離れようと準備していると、あとから家族連れがやってきて「わぁーすごぉーいい」と女の子がはしゃいでいた。小さいころにこういう体験をすると、きっと好影響があるに違いない。もっとも、ふだんの生活が一番大事であり、その上での話である。

 

ひまわりを楽しんだ後、さらに北上していく。するとまもなく美深の街が現れて、函岳や2008年に訪れたトロッコ王国への道を示す看板が出ている。因みにここを西側へ進めば朱鞠内湖だ。ここへ来ると、やはり「オフ車で函岳山頂を訪れてみたい」という欲求にかられるものの、現在所有のXLRではちょっと大変そうだ。まあ問題はやる気だけなのであろう。「いつかは」と心に誓い、さらに国道を北上していく。

 

4.まわり道

 

咲来を通って音威子府にやってきた。昨日は音威子府の先で、国道法面が崩落して通行止めになっているという情報を聞いたので、ここからは国道275号線に乗り換えて、敏音知へ向かうつもりだ。その前に、腹が減ってきた。昼にはちょっと早いのだが、ずっと懸案事項になっている、音威子府駅の立ち食いそばを食べることにする。木彫りのふくろう達に迎えられて、駅前の駐車場にTDMを停める。そして駅の建物へ入るのだが、なにやら腰近くまでまっすぐの金髪を伸ばした人がいる。服装からすると女性のようだが、駅員にバスの発着について尋ねているようだ。

 

さて、女性を横目にそば屋へ向かう。今日は営業しているのかな。やったぁ、営業中の札が出ている。余談であるが、友人が高校生の時、彼の担任が韓国人グループにからまれたらしい。その際、「お前日本人だろう!」と問い詰められて「いや、韓国人だ」とでまかせを言ってしまった。さらにその先生、「名前を名乗れ」と突っ込まれて、どうしようと困っていたら、「営業中」の看板が目に入り、機転を効かせて、すかさず「エイ・ギョウチュウだ!」とまたまたでまかせを言ったらしい。すると、その韓国人グループは、「ああそうか」と言いながら立ち去ったそうだ。

 

そんなことを思い、いちばん安いかけそばを注文する。すると70歳も過ぎたと思われる、しかし元気なおじさんが「かけ一杯ね」と復唱し、手際良くそばを作ってくれた。そして、「はい、おまちどう」と黒いそばがでてきた。待ってました。

 

営業中です

 

こうして、3回目の訪問でやっとそばにありつくことができた。んー、この炭っぽいと言うか、まさにそばの味と言うか、音威子府独特のそばだ。2008年は駅の南側にある「一路」で食べたが、なんかこの駅そばの方がおいしいような気がする。割合にコシもあるなぁ。

 

おなじみの黒いそば

 

腹も膨れて、再び走行を開始する。道は国道257号線を進むが、全くと言って良いほどに交通量がない。この道本当に国道か?まあ、「やられない」程度に快走して、時折現れる牧場を貫く景色を楽しむ。そうすると、だんだんと曇ってきた。出ました、北海道の天気。こういうことがけっこうあるんだよなぁ。またその反対も然りで、突然晴れることもあるから面白い。

 

さらに、中頓別からは道道785号線に乗り換えて、heading090に変針する。ここからは知駒岳に上っていく中速ワインディング路だ。しばらく真っ直ぐな道ばかり走ってきたので、カーブでの体の使い方を忘れていないだろうか。そんな心配をしつつ、徐々にペースを上げていく。肘の力を抜いて、腰周りに力を込めて、ニーグリップとかかとの保持を確認しておき、カーブに進入する。リアタイヤに荷重をかけて、キャンバースラストを用いての向き変えを意識する。そう思っているうちにも次々とコーナーが迫ってくる。それと同時に気温も下がってくる。北海道にもこんなに素晴らしいワインディングがある、というか、道道ならばかなりの数が存在しているようだ。地図をよくよく見てみると、数え切れない。

 

ちょっと霧がでてきて、ポツポツと雨が落ちてきたが、気にすることは無い。ドンドンとコーナーを抜けて、標高を上げていく。こうして知駒岳の展望台までやってくる。0円マップによれば利尻富士も見えるそうだが、生憎の霧で視界は2マイルほどか。おまけにちょっと寒い。残念だが、そのまま展望台を通過して、西側区間を下っていく。こちらも中速コーナーが続く、1級品の屈曲路だ。おっと、ここへきて前走車が現れた。しかし、後方からやってくる当方に気が付いて、すぐに道を譲ってくれた。軽く左手を挙げて、この速度を維持していく。

 

ふもとまで降りてきて、道道583号線にルートを切り替える。すると、北緯45度の看板が見えた。この看板はそこらじゅうに立っているので、この先何回か見かけることになるのだが、一応記念に写真を撮影しておく。ついでにこの先の航法を確認しておく。

 

北緯45度の看板前にて

 

ちょっと雨が降っているので、ひとまずこの区間を抜け出そうと、道道645号線で上幌延まで通しで走行する。本当は道道785号線他を用いて豊富へ抜けるはずだったが、先週の大雨で法面が崩落したようだ。そういえば、先週は台風も来たなぁ。すっかりと忘れていた。

 

5.宗谷岬を目指して

 

ここまで来たら、宗谷岬を目指そう。上幌延で道道256号線に乗り換え、さらに幌延で国道40号線に。因みに、この幌延は2006年のツーリングでR1-Z氏とキャンプした場所だ。あれから4年も経ってしまったのね。そんな哀愁に駆られつつ、この先の道を考える。ここからならば、やはり道道106号線のオロロンラインだが、ついついスロットルを開けてしまい、タイヤの中央が減ってしまうとケチなことを考える。それに、取り締まりもやっていると嫌な情報も聞きつけていたので、国道40号線バイパスのシーニックラインを通ることに。この名前に騙されて、同国道で稚内を目指す。しかし、行けども行けども何の変哲もない原野が続く。これならオロロンラインの方が良かったと思うが、時既に遅し。また最初のキャンプ場と同じく、名前で判断して失敗だ。

 

こうして単調な原野の走行を終えて、稚内にある大沼をかすめる市道へ入り、小さな展望台で休息する。今回は稚内市街地へは行かずに、国道をできるだけ外して宗谷丘陵も楽しみ、宗谷岬を南側から見下ろそうという計画だ。とこでこの大沼だが、様々な鳥が渡ってくるらしい。もっともそれは冬の話で、夏である今日は閑散としていた。

 

さらにここからは、稚内空港のR/W08側の端を通って、一旦国道238号線へ出る。それにしても腹が減った。時刻は既に14時近い。そこで、宗谷丘陵へ行く前に、コンビニで食事をすることにする。北海道でコンビニというと、やはりバイク乗りには「セイコーマート」である。丁度国道沿いの冨磯漁港近くにセイコマを発見したので、ここでカロリーメイトとパン、野菜ジュースを購入し、店先のベンチで食べる。天気はいつの間にかに晴れてきた。カモメが「クークー」と鳴きながら滑空していたり、自転車で通過する人、珍しそうに当方のマシンを見る人を見ながら食事をする。

 

ふう、これでだいぶ落ち着いた。自分でも気が付かないことが多いが、腹が減るとなんだかソワソワして危なかしい。こういうロングツーリング時こそしっかりと食事をして、余裕を持って車輪を進めたいものだ。ん、なんか腹が痛いぞ。う、これはまずい。便秘の後にくる下痢だ。これは長丁場になりそうだ。仕方ないので、冷や汗をかきつつ再び店内に入り、トイレを借りる(占拠になりそうだ)。やはりそうだ、うーーーー、苦しい。

 

大量の、滴るほどの冷や汗をかいて、なんとか腹具合は落ち着いた。やれやれ。ここでかなり体力を消耗してしまった。今から稚内市街地に引き返して、みどり湯さんでゆっくりしようか、とも考えた。が、しばらく休息していたら、だんだんと力が戻ってきたので、さらに先へ行くことにする。あ、だいぶ時間が経ってしまい、既に15時近くになっている。今日のキャンプ地も考えないと。

 

こうして、再び国道をはずれて、道道889で宗谷丘陵へと入っていく。ひゃぁー、国道を走っていてはもったいないな。やはりこちらを通って正解だ、と2008年以来の宗谷丘陵の雄大な景色に圧倒される。今回は西側から上ってきたので、順光で写真を撮影できる。前述の2008年は東から上ってきて逆光だったもんなぁ。運がよかった。ところで、この宗谷丘陵は氷河期に氷が地面を削ったフィヨルドだ。それが地平線の向こうまで広がっていて、そこを道道889号線が通じている。また、こんな北の端にも牧場があり、緑色の草に点々と黒く小さく牛が見える。牛があんなに小さいのだから、いわんや人間をや。こういうことを考えることは普段はあまりないので、やはり北海道ツーリングに来てよかった。そういえば、ヘレン・ケラーも盗作疑惑をかけられた時に、ナイアガラの滝を見て(感じて)同じことを考えたことがあるそうだ。

 

この後、宗谷岬牧場を通って、宗谷岬のすぐ南の丘にある哨戒台?、監視塔?にやってくる。ここは昔、ロシアと樺太をめぐって争っていた際に、24時間体制で監視をしたところらしい。以前は階段で上に登れたが、今は老朽化で立ち入り禁止になっている。また、旧ソ連の戦闘機に打ち落とされた、大韓航空のボーイング742型機の犠牲者を弔い、平和を願う碑も立っている。そして何より、宗谷岬の碑を見下ろしているのは、ちょっと新鮮だ。そして間宮海峡越しには樺太もくっきりと見えている。んー、最北端まで足を伸ばした甲斐があった。

 

 

宗谷丘陵を眺める

 

6.キャンプ場目指して

 

 十分に宗谷岬を堪能したので、碑に寄る気が失せてしまった。人間(ジンカン)センサーで鳴る「宗谷岬」の歌も聴えたことだし。そこで、このまま急勾配の坂を下り、碑のある公園を通過して今日のキャンプ地を目指す。ちなみに15時の気温は、21度と1994年の来訪時と同じであったと申し添えておこう。

 

宗谷岬遠景

 

国道はかなり流れが速い。当初は猿払でキャンプをしようと考えていたが、このペースならば「管理者の名調子」で有名な?クッチャロ湖キャンプ場まで行けそうだ。いや、無理すれば枝幸も何とかなるかも。そう考えつつ、いい速度でオホーツク海を左に見ながら南下する。それにしても風が強い。時折突風気味に吹く風で、足元をすくわれそうだ。

 

こうして猿払のさるふつ公園にあるキャンプ場へ来たのだが、風が強いのでパス。また、できるだけ南下しておこうと考え、結局名調子のクッチャロ湖キャンプ場に決定した。

 

キャンプ場には17時頃に到着したのだが、いささか疲れたので思考がまとまらない。一つずつやるべきことを行っていく。まずは名調子のおっさんがいる管理棟で、アルバイトと思われる女子高生に200円を支払う。そうだよなあ、キャンプ場ってこのくらいの値段が相場だよなぁ。一昨日の青葉公園の600円はないよなぁ。しかも蚊がブンブン飛んでいたし。

 

そう思いながら、かわいらしい女子高生からテントへぶら下げる札を受け取り、サイトへ向かう。今日はとても空いているので、場所は選び放題だ。うまい具合に備え付けのテーブルの所が空いているので、遠慮なくこちらの横へテントを立てる。今年は説明書無しでやっと立てられるようになったが、フライシートの目止めが剥がれているところが出てきた。まだ十数回しか使っていないのだが、安物ではこんなものなのか。そんなことを考えて、30分弱で設営が完了したので、荷物を中に放り込んでおく。因みにここは蚊はほとんどいないので、非常にありがたい。

 

さて、次は買出しだ。今日は米を炊いて、定番のカレーだな。メニューを決めて2、3分の所にあるスーパーで、米1kgとボンカレー、果物の缶詰を購入する。また、蚊取り線香を探すが、置いていなかった。この街では必要ないのだろうか。仕方ないので、近くのホームセンターに寄って購入した。ついでにプリムスのガスも仕入れようと思うが、置いていなかった。まあ今日はまだ持ちそうなので、明日機会があれば手に入れよう。

 

さて、テントに戻り少しゆっくりする。時刻は17時45分なので、次は風呂に入ろう。このキャンプ場は隣には、ホテルがあり、そこにはまとんべつ温泉ウイングがある。さっそく短パンに着替えて、キャンプ場裏の道からホテル内の温泉へ行く。途中に竪穴式住居の実物があり、不自然だと思うのだが、弥生時代には既にこの辺りに人が住んでいたらしい。

 

入湯券を500円で購入し、早速汗を流す。思わず「う〜」と唸り声を出してしまった。今日もよく走ったので疲れたなぁ。ところで、この温泉であるが、かけ流し方式で、水で温度調節もしていない。正真正銘の天然温泉だ。泉質はアルカリ性なのだろうが、皮膚がヌルヌルとする。

 

足裏や腰を親指で押して、首を回したり、手足の筋肉を手でマッサージして体をほぐす。やはりツーリングには温泉ですなぁ。疲れもお湯に流れていくようだ。さらに目を閉じて、手足を伸ばしていれば極楽だ。本日走行した景色が浮かんでくる。やはり、特筆すべきは宗谷丘陵だろう。もっとも、その前の腹痛には参った。

 

風呂から上がり、脱衣所で体を冷ます。窓から入ってくる風は涼しく、エアコンや扇風機は不要だ。今日の汗や疲れはすっかりと流れ落ちた。ここの温泉はかなり良質な湯だ。さらにキャンプ場の芝生も綺麗に手入れされており、蚊もほとんどいない。いやぁ、ここでのキャンプは最高だね。機会があればまた訪れたい場所だ。

 

7.一日の終わり

 

テントに戻ってから米を炊き始める。今日はランタンも稼動させて雰囲気を出そう。おっと、少し風があるので火力が安定しない。テントの前室を風下にしてあるので、そこで調理を行うことにしよう。日も暮れて、西の空には宵の明星である、金星が輝いている。また、夕焼けが綺麗だ。明日も晴れてくれるよな。そう考えて、沸騰してくる鍋の火を調節しつつ、炊き上がりを待つ。

 

今日の宿

 

こういうゆっくりと流れる時間を楽しむ、非常に心地よいですなぁ。一昨日のキャンプは酷かったが、今日はキャンプを楽しんでいる。やっぱり来てよかった。こうしてレトルトのカレーを温め終わる頃には、頭上にも星が輝きだしてきた。久々に天の川なんかも見えているぞ。琴座や白鳥座、北斗七星で有名なおおぐま座もその形をしっかりと認めることができる。そんなことを思いながらカレーを食べ終わり、インスタントコーヒーを入れてさらに星空を眺めた。

 

しばらくすると、ちょっと寒くなってきたので、さっさと片づけてテントに入りメモをつける。マップルで今日の軌跡をマークしつつ、出来事や思ったことを綴っていく。随分と走ったなぁ。ん、ヘッドライトの調子が悪くなってきた。電池切れか?仕方ないのでメモは明日にまわして、今日は寝るとしよう。もう21時かぁ。

 

第5日目へ

 

本日の走行 400km