WRT再結成ツーリング

2021年 5月4日


九蔵峠展望台にて
左からW氏のSR、R1-Z氏のSL 230、管理人のV-STROM 650

0.はじめに

3年ほど前にTDM900を諸般の都合により売却して以来、ツーリングからはめっきり遠ざかっていた。しかし、最近ニューマシンを購入した。そこで、メンバーのR1-Z氏の力を借りて、昔のツーリング仲間と再び走り出すことにした。そして、当時使用していたグループ名、WRTがここに復活することになったのだ。

ところで、WRTってなんだ?と思う方、正式名称は「WRTツーリング同好会」である(そうだったのか。管理人も今、知った)。名前の由来であるが、当方のページに掲載しているレポートを参照してみると、以下のことがわかる。遡ること13年前、2008年頃からW650に乗るW氏とTDM900に乗る当方が連れ立ってツーリングをしていた。さらに、2009年になると、ここにR1-Zに乗る氏が合流して3人で走るようになっている。こうして、同年の9月に「WRT」という名称を使い始め、それが継続しているのだ。もちろん、名づけ親は管理人本人である。なにか、3人でツーリングをしているととても楽しいし、緩いながらも結束を感じるのでそれぞれのマシンの名称の頭文字をとり「WRT」としたのだ。

この後、2012年頃まで活動が続いていたが、諸般の事情によりR1-Z氏が離脱。さらに、前述のように、2018年には当方が15年、12万㎞走行したTDMを売却したことにより、グループは一時解散状態となった。

これ以後も、W氏は変わらずバイクを所有しているのだが、当方はセカンドバイクのMD33ことSL230のみを所有していた。しかし、最近になって多少財務状況が改善し、大型が恋しくなってきてスズキ式VP56A型、V-STROM 650の購入に踏み切ったのだ。そして、このSLをR1-Z氏に譲り、晴れて3名がマシンを所有することになったのだ。

こうして、それぞれが元のマシンではないものの、WRTの再結成が成され、今日この日を迎えることになる。

今回の復活にはR1-Z氏が大変乗り気であり、当方とW氏の日程調整などを買って出てくれた。また、当方は先導機長として走行計画の策定を引き受ける。こうして、9年ぶりのWRT再結成をとても楽しみにして、当日を待つ。正直言ってこの日が来るとは思っていなかったので、感激もひとしおだ。そう考えると、なかなか寝付けなかったと補記しておこう。

1.集合

集合場所は定番の香嵐渓のサークルK、いや、今はファミリーマートだ。時代が流れてしまったなぁ。尚、時刻はこれもいつも通りの8時である。もちろん、先導機長である不肖管理人は事前に、プラン策定、提出を行い、関係機関からの承認を得ている。

ちょっと出発に手間取り、7時を過ぎて自宅R/W 09から目的地へ向かう。米野木地区から愛知池をかすめて、県道231号線で先を急ぐ。そして亀首地区を抜けて猿投グリーンロードへ枝下I.C.から乗り、終点の力石I.C.、国道153号線といつもと変わらない道で香嵐渓地区にに入る。今日はG.W.真っ只中の4日なので交通量が多いばかりでなく、不慣れな運転手もたくさん紛れているようだ。周囲を見ていない人が多すぎるので、かなりの恐怖だ。

ここで話はそれるが、先日4輪で買い物に出かけていた時に、某ホームセンターの駐車場で事故に遭ってしまった。当方が駐車スペースから出ようとすると、右方向から軽自動車がやってきたので一旦止まってやり過ごすことにしていたのだ。しかし、なぜかその車は手前で止まり動かない。譲ってくれたのかと思い、ソロソロと前にでると、あろうことか軽自動車が動き出して当方車両の右側フェンダーに「ボン」とぶつかってきたのだよ。絶対見ていなかったとしか思えないのだが、双方動いていたので過失はそれぞれにあることになる。全くのやられ損的な感覚だが、当方にも不備があったことは否めない。結局、6:4の過失割合で物損事故は示談となり、最近やっと修理費用が振り込まれた。

そういうことで、周りの車は全く信用していないのだが、それでも危ない目に遭うことがある。なんだか最近は運転者のレベルがガタガタに落ちている、と感じているのは当方だけだろうか。後退する時に、後ろを見ないでモニター「だけ」を見ているとか、まるで基地外かと思えてくる。

こうして8時ギリギリに指定したコンビニに到着すると、R1-Z氏が既に到着している。おはようございます。さらに、程なくしてW氏も登場。今日はヤマハ式RH01J型、つまりはSRでの参加である。氏と最後に走ったのは2017年の秋頃だが、その時もSRだったので、4年程乗り続けているということになる。W氏もR1-Z氏も当方より年上であり、兄貴のように当方をかわいがってくれる。この場を借りてお礼申し上げる。いつもありがとうございます。これからもお願いします。


足助地区のコンビニにて、3台そろい踏み

2.出発

空白期間が長かったので、それぞれの近況を報告し再会を喜ぶ。ところで、W氏は現在SRの他にもバイクを所有しているようであるが、SRの方が気楽に乗れるということでこちらの出番の方が多いらしい。

近況報告をしながら、準備を整え、8時40分過ぎに、当方、R1-Z氏、W氏の査察フォーメーションを組んで出発だ。前述のように、当方が大型マシンを所有するのは3年ぶりのことなので、みじめな姿を査察官にさらすわけにはいかない。これはR1-Zも同様で、マニュアルミッション車を所有するのは9年ぶりだ、そこで、我々は「夜間訓練」ということで、仕事が終わった後に夜な夜な、夜桜見物などの理由をつけてはニューマシンに慣れるよう走り回っていたのだ。その甲斐あってか、ここまでに50時間程度稼ぐことができ、今日に至っている。訓練の成果は如何に?

国道153号線を北上していくが、5月の連休中ということもあり流れは緩慢だ。しかし、焦ることももなかろう。我々も皆が50歳前後となり、以前ほどの勢いもなくなりつつある?ということか。こうして、標高をどんどん上げていくと、気温も下がって来る。この時期は装備の選択が難しく、経験が浅い頃は寒さのあまりタイツを購入したりすることもあったが、今回はそんなヘマはやらないよ。「暑けりゃ脱げばいいんだて」という大原則に従って、薄いヒートテックを装着しているからだ。因みに「脱いだらすごい」女優はたくさんいるが、現在の当方のイチオシはやはり「吉岡」だろう。見た目は小さい女の子だが、水着だとムッチムチのユッサユサである。

そんなことを思いつつ稲武を抜けて、県境を越えると根羽村、さらに進んでいくと道の駅平谷にさしかかる。おや、かなり混んでいるなぁ、ということでここは通過して治部坂目指そう。しかし、こうして久々に大型マシンに乗って、3台連なって走っていると実に楽しい。ミラーを確認して後方の動向を確認しつつ、迫りくるコーナーを軽快に抜けていくと気分も良い。

ここで、スズキ式VP56A型機のインプレを簡単に披露しておこう。現在は後継機のC733Aの新型に移行しているが、当方は見た目も内容もこちらの旧型の方が好みだ。その理由は簡単なことで、トラクションコントロールやら、イージースターターやら、低速アシストやら、要らない電子制御が装備されていないからだ。ライトも2灯式の方が親近感が持てる。フレームはアルミ製の2桁式で、エンジンは649㏄ながら、66psを8800r.p.m.で、トルクも6㎏を6500r.p.m.で発生させる。車両重量は214㎏(装備)と軽量な部類となる。

実際に走り出すと、加速は普通である。しかし、最高回転数は10,000回転であるので、6000回転からが本領発揮となる。排気音もやや甲高く変わり、レッドゾーン入口まで一気に吹けていく。以前のTDM900程ではないが、感覚的に85%ぐらいの動力性能を持っていると感じる。まあ、数値通りと言うことだね

コーナリングであるが、典型的なスズキ車である。つまり、前輪から引っ張られるように旋回を始め、車体がそれについてくのだ。さらに、バンクを深めていくと旋回力は衰えることなく高まり、19インチ径のタイヤであることを忘れてしまう。一方、前述のTDMはリアタイヤから旋回を始め、ハンドルが切れて押し出されるようにコーナーを曲がっていく。いわゆるヤマハ・ハンドリングというもので、スズキ車とは明らかに違う性格を持っているのだ。

どちらが良い、悪いの問題ではい。これはこれで面白いのだが、ヤマハハンドリングに慣れていた当方は、最初は苦戦した。旋回力急に立ち上がるポイントがあり、コーナーアペックスに早く着きすぎてしまうことがまあまああったからだ。TDMならば、旋回力はバンク角に比例して一定だったから少々手間取ってしまった。ただ、50時間程度の経験でかなり慣れてきたので問題になることはなかろう。

3.休息その1

さあ、治部坂に到着だ。この辺りは標高も高く、冷えるので、温かい飲み物で一息入れつつ、談笑する。それはそうと、W氏はハンターカブの購入を検討しているようだ。それは別に良いのだが、当方の個人的な感想で言えば「えー」である。と言うのも、仕事で毎日乗っているし、巷で言われるほど良い機種とも思えないからだ。だいたいギアチェンジは4ダウン・4ダウン(シフトアップはペダルの前側、ダウンは後ろ側をそれぞれ踏み込む)という変なものだし、意外と速度を出さないと安定しないからだ。また「トコトコ」走りたいということだが、エンジンは意外とブーブー言うし、結構急かされる。そんなのんびりしたものでもないのだよ。

まあ、俺の金で買うわけではないし、そもそも何を買おうがW氏の自由であるのだが、あくまでも個人的な感想をを述べる。W氏は笑って聞いてくれる大人であるので、当方が何を言おうが受け止めてくれる。一方、R1-Z氏も相変わらずのハイテンションであり、久々の3名のツーリングを楽しんでいるようだ。

ところで、W氏はバイクに対する知識が豊富であり、かつ深い所までよく理解していることで有名だ。また、総走行時間も15,000時間以上と、我々の中では群を抜いている。「査察操縦士」と呼ばれる所以である。また、試乗もかなりの車種をこなしているようであり、当方のV-STROMも当然乗ったことがあるようだ。曰く「19インチのフロントタイヤであるが、意外と良く曲がる。頭から釣り竿でおもりを下げていて、それが引っ張っていってくれるようなコーナリング」と。なるほど、バンク角が増してくると、どんどんと切れ込んで前輪から引っ張るように曲がっていく、その様子をうまく表現した評である。


治部坂スキー場の広場にて W氏

4.さらに北へ

30分程休憩した後、機長の当方を先頭に再び走り始める。国道153号線を北上して、寒原峠を越えると阿智村に入る。この辺りまで来ると「いかにも信州」という空気になってくるので、ツーリング気分もさらに高まる。そして、標高を下げてくるので少し暑くなってくるものの、前述のようにここは信州、地元のようなことはない。

さて、このまま153号線を行ってもよいのだが、資格を取り消されるといけないので、少し機長らしい所を見せておかねばならない。と言っても、元々W査察官が教えてくれた道なので偉そうなことは言えない。ともかく、国道を逸れて、中央道の高架下をくぐって並走する「名も無き快走路」へ乗り換える。快走とは言ったが、近年は交通量もまあまああるので、それ程でもないと補記しておこう。

名も無き快走路は飯田駅近くで終点となるので、少しだけ県道8号、さらに15号とスイッチして「フルーツライン」という道に繋げていく。こういう所は数多くのツーリングをこなしていても、なかなかうまくできないものだ。それ故に、またもや機長の腕の見せ所だ。しかし、乗り継ぎに失敗すると、恥の見せ所になってしまうから注意が必要である。

何とか恥をさらさずに、フルーツラインへ乗ることができた。ここからしばらくは一本道だから腕の見せ所はない。さらに車輪を進めていくと、見える景色は市街地から田園に変わって来て、遠くには南アルプスの天然水・・・ではなく、山々が見えてくる。もちろん、頂きには残雪が被っているが被っているのは言うまでもなかろう。おっと、フルーツラインはここで終わりか、ということで、再び県道15号線に合流して進んでいく。

5.休息その2

治部坂から1時間ちょっと走ったので、そろそろ休息ポイントを探さないといけない。まあ、一応チェックしておいた道の駅「花の里いいじま」へ到着だ。いいじまと言うと、やはり若くして亡くなったあのAV女優の事を思い出すが、彼女は当方とほぼ同じ年齢だ。色々と環境的に厳しい所をくぐりぬけて、あそこまで有名になったのだから相当の精神力を持ち合わせていたことだろう。しかし、若いころの無理がたたってしまったのか、最後は原因不明の孤独死ということなので、人の命のはかなさを体現してしまったということか。合掌。あと、どうでもよい事だけと「テーバック」なんてパンティがあるのを教えてくれたのも彼女だった、と補記しておこう。

ここでは水分補給の他に、前述の山々を背景に写真を撮って楽しむ。皆、それぞれ、思い思いに夢中でシャッターを切っている。当方はメモ代わりに写真を撮っているのだが、他の人からはこのように見られているということだろうか。


道の駅 いいじまにて

6.目的地 開田高原へ

撮影・休憩も一通り終えたので、いよいよ今日の目的地まで走ろう。まあ、ベタな目的地だが、距離的にも食事的にも手頃というか、無難である。WRTとしても何度も訪れているが、それ故に再結成第一弾の目的地としては最適と言えるのではないだろうか。

目的地はベタではあるが、途中の行程はちょっとひねってみた。前述のように飯田・伊那を経由しているのだ。何も考えなければ国道19号の筋を通るだろうか、一つ東側の筋を選んでみたわけだ。まあ、大して考えたとも言えないか。そんなことを考えつつ、県道15号から伊那中部広域農道を快走していく。この辺りまで来れば、交通量も少なくなるのでまさに快走路である。

両脇にある農産物の直売所には目もくれず、あっという間に伊那へ入り、そのまま国道361号線こと権兵衛街道へとなだれ込む。今でこそ権兵衛トンネルがあるけど、当方が大学生だった頃は権兵衛峠を抜けるルートしか存在せず、その険しさはなかなかのもであった。看板もペンキで「木曽福島」と書かれていたような、ワイルドなものであった。

トンネルまでは緩い上り坂であり、道の両側には牧草地や畑が広がる。さらに上ると林間の道となり、トンネルが現れる。脇には旧道ラシキものも見えるが、あんな道を走っていたのかと思うと驚いてしまう。そのトンネルを快適に過ぎて、木曽福島側の筋に入る。こちらは勾配が急であり、コーナも少々きついので走り甲斐もあるというものだ。このような状況でも、V-STROMは難なく適応していく。マシンをバンクさせれば素早くハンドルが切れて、その方向に引っ張られるが如く向きを変えてコーナーをクリアしていく。

木曽福島側にはトンネルはもちろん、ループ橋もあるよ。もちろん、管理人のニューマシンは一定のバンク角を保ちつつ、難なくクリアできてしまう優秀なやつだ。こういうのを「腕のないところを補ってくれる」って言うのだろう。話はそれるが「ゆう」ではなく「いう」である。「そうゆう」という表現をしばしば見かけるが、それでは「はやみゆう」あるいはとらえどころのないあの人「ゆう(YOU)」である。

国道19号線に合流する前に工事区間があるのだが、ここは土砂崩れで一時期通行止めになっていた場所だ。それが解除になったという情報を得たので、このルートを選んでみたのだよ、ヤマトの諸君。久々に言ってみたかったこのセリフである。

同国道に乗ったら、少し南下して木曽大橋のある国道361号線に乗り換える。ここからは高速コーナーが続く超快走路なんだけど、それ故に取り締まりも厳しいので注意が必要だ。安心なのはコバンザメ走法だが、それではあまりにもつまらないので、遅い車を追い越しつつ道を楽しむ。おや、今日はW氏は元気がないなぁ。なかなか追い越しをかけられずに、かなり離れてしまった。まあ、あまり無理せずにそれなりの速度で行く方が、取り締まりの対策にもなるので良いかな。

そう考えていると、開田高原の市街地に入ってくる。ここに来るのは何年振りだろうか、少なくとも3年はブランクがありそうだ。ひとまず森林鉄道の車両やアイスクリーム工房を通り過ぎて、食事をする「まつば」へ向かう。ここは、W氏の同級生であるアフリカツイン氏が教えてくれた店であり、WRTでも何回か訪れている。まあ、無難なそば屋であり、駐車場には車やバイクがまあまあとまっている。店に入ると、4、5組の待ちが発生しているが、それくらいならば待つという選択でも問題はない。

ここで恒例の他人のバイクをしげしげ見て、評価をする時間となる。詳細を記すと「誹謗中傷」だという意見も出るかもしれない?ので割愛するが、いや、今回はまともな車両ばかりだが、時々チューニングダウンパーツを装着しているものもあり、それこそ???になることもある。

30分ぐらいで席に案内され、それぞれメニューを見て悩む。しかし、無難にざるそばの定食に落ち着いた。これはそばだけでなく、少しずつ違うものも食べる方が飽きが来ないからだ。もちろん、そばは旨いけど、下條のざるそば食べ放題で4枚とか5枚とか食べると、最後は満腹なこともさることながら、前述の飽きとも戦わなねばならないのだ。

15分程で料理が運ばれてくる。うん、まつばのそばはなかなかイケる。コシや太さも適正だし、風味もそこそこだ。そばだけでなく、付属の野沢菜は塩加減と歯ごたえがかなり良い。今回は食べなかったが、てんぷらもおいしい。ここは全体的にレベルの高い料理を出してくれるので、人気があるのだろう。そんな料理を楽しみつつ、皆で会話を楽しむ。内容的には第1期WRTの事件、そして悪名高き「ドルー」に関するネタだ。詳細は2009年のツーリング記を参照願うが、人にツーリングの企画をさせておいて文句ばかり言うなんて、まったくもって人選を誤ってしまった。これは主宰者である当方の責任であることは、言うまでもなかろう。


ざるそばの定食をいただきます

7.いつもの流れで

食事をした後、駐車場で写真撮影をする。この店の特徴である大きな看板の前にマシンを出してきて、御嶽山を背景にパチリ。そんなことをしていると、1台のパトカーが入って来る。そして、警官がなにやら話しかけてくるではないか。俺たちは違反はして・・・いるけど、バレてないぞ?(ウソです)。いや、こんなご時世で政府は県を跨ぐ移動を制限しようとしているが、その繋がりか。なにやらマスクとアルコール入りのウエットティッシュをくれるではないか。そして、交通事故が多発しているので、気をつけるように言い残して去っていく。こういう時だけいいひと面して、取り締まりの時のあの横柄な態度。やはり信用できないなあ。


まつばの大看板前にて

撮影も済んだので、いつものように「開田高原アイスクリーム工房」へ向かう。いわゆる、アイスナメナメの時間だ。バイクの運転は頭も体も使うので、ことのほか糖分が必要である。だから、甘いものを食べて後半の走行に備える必要がある。3台は連なって、ほんの1 ㎞程走行して現地へ向かう。いつもならば店舗前の駐車場に停めるのだが、今日は一杯なので森の中にある方へ移動する。

さて、今日は何を食べようか。純粋なバニラ味も捨てがたいが、ここの目玉であるコーン入りのバニラが一番だな。バニラの風味に加えてコーンの甘みとコクが混ざり合い、何とも言い難い味が生まれるからだ。それにしても今日は混んでいるなぁ。移動の自粛なんてもう、誰も言うことはきかないということだろう。そりゃそうだ、嘘ばかりついて「オリンピックを開催するから国民は黙って自粛していろ」なんて、通用するはずもない。ただ、参加する選手は気の毒な面があることも事実で、この人達には罪もない。罪がないと言えば「フェザーに罪はない」であろう。これは、2009年のツーリングで、前述の「ドルー」に対する嫌みである。詳細はその時のレポを参照願おう。

結局当方はコーンとバニラのミックス、R1-Z氏はバニラ、W氏は抹茶を選択したようだ。ここのアイスは純度が高いせいか、溶けるのも早い。それ故に、談笑しているとどんどん垂れてくるので、急いで食べようではないか。


アイスナメナメの図

ツーリングにはやはり、これである。前述のように、ツーリングは体も頭も使うので、ある意味高度な趣味と言える。それ故、エネルギー源となる糖質の補給は必須事項なのだ。それにしても、この場所には何回も来ているのだが、何回来てもその都度楽しい。WRTの活動として来ているからだろうし、そもそもツーリングってそういうものなんだろうね。

補給が済んだので、これからはまた走りに戻ろう。と、その前にやはり、御嶽山をゆっくり見ていこうではないか。アイス工房を出発して国道361号線を西に進むと、長峰峠という御岳山絶景スポットがあるのだ。ただ、この時間だと逆光線となって少し見にくいのが残念だが、それでも偉大なる御嶽山を拝むことができる。

最近では火山活動も収まっているようだが、2014年には大噴火したようで登山者が何名か犠牲になっているようだ。その後、しばらくは噴煙を上げている姿を見ることができた。因みにだが、有史以来噴火の記録はなく「死火山」と認識されていたのだが、1979年に水蒸気爆発が起きて「死んでいなかった」とわかったようだ。つまり「休火山」だったってわけね。

話は逸れたが、ここでも皆で写真を撮って楽しむ。それはそうと、W氏は少々驚いている。「久々にバイクにリターンしたのに、走りは衰えていない」ということだが、それにはちゃんと理由がある。冒頭でも少し触れたが、3月末にV-STROMを購入した後、しょっちゅう走りに行ってカンを戻そうと頑張っていたのだよ、ヤマトの諸君。査察を受けて、機長資格を取り消しになってはかなわないですからなぁ。


展望所にてR1-Z氏(左)とW氏(右)

7.帰路

15時30分と良い時間になったので、そろそろ帰ることにしよう。引き続き当方が先導機長を務め、R1-ZとW氏の順で続く。国道361号線から県道20号、508号線とつないで、木曽福島と上松の中間ぐらいで国道19号線に合流する。関係ないが、中学の時に水泳部に所属していたのだが「副島」という女子部員がいたんだよ。そして、合宿練習があって「ケンサク」という同級生が「木曽福島」と書かれたうちわをもってきていたんだ。それに目をつけた同級生(彼は今でも付き合いがあるZX-14氏)が「福島」を「副島」に書き換えて、さらに「うっふん」と書き加えるといういたずらをした。それを見たケンサクはガチでキレていたのを思い出す。木曽福島と聞くと、ほとんど条件反射的にこのエピソードが頭に思い浮かぶのさ。

帰りは淡々と走行を重ねていくのだが、追い越しをかける時にやはりW氏は元気がない。ひょっとしてエンジンをあまり回したくないのだろうか、それともトラブルかと心配になるが、そのわけは後ほど判明する。まあ、国道19号に入ってからは交通の流れに乗って、40ノットで走行していく。ところで、R1-Z氏はこういう状況が苦手で必ず眠くなるそうだが、今日はそれ程でもないようだ。ミラーで後方を確認していても、ふらついたり、極端に車間距離が長くなることもない。

90分ぐらい走行したので、そろそろ休憩しなくてはいけない。ちょうど道の駅大桑があるので、ここにピットインだ。関係ないが、オオクワといえばオオクワ301で「太~い 阿古屋」である。これは、W氏の家の近所に同名の店があり、そう書かれた看板が出ているのだ。ただ、W氏の情報によれば「最近は阿古屋って書いていない」ということだ。どうも、純血の阿古屋種がいなくなったらしいのだ。

そんな感じでオオクワつながりのネタで盛り上がる。すると、そこになんとホンダのGB500がやって来る。GBといえばR1-Z氏の「他人のゴールドブレンド 勝手に2年も飲んでました」事件だろう。これも度々紹介しているエピソードだが、久々なので復習しておこう。当方と氏がまだ同じ会社に在籍していた時、上司がパチンコの景品と思われるゴールドブレンドを会社に持ってきて、飲んでいた。それを訳あって(R1-Z氏に悪気はない)氏が「会社の提供」と思い込んでいて、1日に何杯も飲んでいたのだ。さすがにおかしいと上司は気づいて、ある日R1-Z氏にそれとなく「最近コーヒーの減りが早いんだよなぁ」と切り出した。そして氏は「会社のですか?」とまじめに答えたところ「あれ俺のだよ」と。もちろん、翌日箱に入ったギフトセットをお詫びで持って行ったのは言うまでもない。「いや、あれでも多分俺が飲んだ分には足りないな」とは、R1-Z氏の談である。

閑話休題。それ以来、同名のオートバイ「GB」を見ると、どうもその話になるのだ。しかも、今日は特別珍しい500だし。SRにしても、GBにしても、500が再販されるならば、R1-Z氏は購入の対象となるはずだ。ああ、発表し忘れていたが、氏は今年の初めに大型2輪免許を取得したのだよ。つまり、選択肢は無限大に広まったというわけだ。今後の氏の活躍にも期待したいところである。

それはそうと、W氏が追い越しの時に元気がないのは「単純にSRのパワーが少ない」こと、そして「吹け上がりが緩慢」なだけ、ということだ。確かに、SRがギャンギャンいって走っていたらおかしいもんなぁ。納得。

休憩した後、再び査察フォーメーションで走行開始である。国道19号線を南木曾まで走り、そこで一旦256号線へ入り、さらに県道7号線を走って馬籠・妻籠を抜ける。この道もけっこうくねっているので、バイクの醍醐味を味わうことができる区間だ。もちろん、V-STROMはこんな道でもスイスイと走ることができるのだが、ちょっとハードな走りをすると、荒れた路面ではABSが作動してしまい気持ち悪い。まあ、時代の流れなんだけど、あまり必要性を感じない。それはそうと、W氏の友人で某イタリア製のバイクに乗っている人がいるのだが、何と「ABSが誤作動」してかなり怖い思いをしたそうだ。要するに作動すべきでない時に作動して、ブレーキ力が弱くなってしまって、壁に向かって突進してしまったということだ。確かに、それは怖いね。

こうして、ワインディングを時折楽しみつつ、再び中津川で19号線に乗りなおす。さらに、市街地の渋滞を避けるために那須川農道という当方お得意のルートへ変更し、県道66号線で、道の駅らっせいみさとまでやって来る。本日最後の休息となるので、今後の活動について話し合う。と言っても、WRT憲章の定める通りで「無理なく」ということなんだけどね。


道の駅 らっせいみさとにて談笑するW、R1-Z 両氏

それにしてもR1-Z氏の表情はとても明るい。詳細は割愛するが、氏はかなり辛い時期を耐えて再び2輪にカムバックしたのだ。そればかりか念願であった大型2輪免許も取得しており、大型の次期マシンを検討し始めたのだ。そんな氏の選ぶマシンは何か?とても楽しみである。一方W氏はSRの他にもマシンを所有しており、次回はそちらで参加する模様だ。こちらも大いに期待しようではないか。

8.解散

こうして、バカ話で盛り上がっていたら日が暮れてくる。夏至も近くなってきてかなり日が長くなったが19時前後になれば暗くなるというものだ。名残り惜しいが、今日はこの後流れ解散となる。先導機長としては本日最後の仕事である。県道66号、通称らっせい街道を良いペースで走り、瑞浪で県道20号、さらに巨大狛犬で国道418号線と切り替えて、家路を急ぐ。W氏からは事前に「藤岡付近で編隊から離脱」する旨、報告を受けていたのだが、どうやら県道350号線に乗り換えて西広瀬付近から帰宅したようだ。

一方、R1-Z 氏と当方も猿投グリーンロードでそれぞれの岐路に就いた。

9.まとめ

ほぼ10年ぶりに3名が揃ったのだが、そんなブランクは全く感じない、つい先月もツーリングに行ったような雰囲気で1日無事に走行することができた。これは、WRTメンバーの繋がりがそれだけ深いものであることに他ならない。いや、深いと言っても堅苦しいものではない。それぞれがそれぞれを理解し、思いやり、楽しいツーリングにしようと一丸となっている、ただそれだけのことだ。

ひとまず、ここに「第二期WRTの活動開始」を宣言できることに喜びを感じつつ、レポートを終わることにしよう。また、次回も楽しいツーリングでお会いしましょう。

本日の走行 320㎞

WRT広報担当 管理人

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