記憶の中のバイクたち

 

ここでは、管理人の車暦を紹介いたします。

 

 

NS50F

長野県松本市のワインディングにて(1991年夏)

 

管理人所有の最初の2輪車。排気量50ccの原付でありながら、7.2馬力を10,500r.p.m.にて発生。ギアチェンジ、クラッチ操作も必要な本格派。走行10,000km時に兄貴から1万円で購入(というかお情けで貰った)。

当時浪人生だった管理人は、予備校の夏休みを利用して、一足早く大学生となっていた友人を長野県松本市に訪ねた。さらにそこを起点に軽井沢草津温泉、鬼押出し、佐久市、高瀬ダム、白骨温泉などへツーリングに出かけた。

結局1週間で2,500kmを走破し、現在のバイク生活の基盤となる技術を教えてくれた超優良入門バイク。

28,000km走行時に、上記長野の友人に4万5000円(管理人スペシャル・エンジン腰上オーバーホール済み)で売却。お疲れ様でした。

 

VT250FG(掘

 

岐阜の友人の小川寮前にて(1993年冬)

 

中型免許取得後、走行4,500km時購入した管理人の2号機、VT250F祁拭アンダーカウルのついた通称イルカ。スティール製ながら二桁構造の高剛性フレームに11,500r.p.m.で43馬力を発生する俊足ツアラー。フロントインボードブレーキが特徴。VTとは中型限定解除の練習場へ往復2時間かけて通い、酸いも甘いも共有した仲。もちろん、福井ツーリングなどのロングも出かけておりますよ。

VTのおかげで限定解除に成功(平針試験場にて4回目、練習所に通うこと43回)。次期バイクの下取りに。お世話になりました。

 

GPX750R(前期型)

1994年春 伊良湖にて

(セローは当時梅沢氏が所有していたバイク)

 

限定解除に成功したので、管理人初の大型バイク。排気量750奸閉名離淵淵魯鵝砲77馬力を10,500r.p.m.で発生。アンチノーズダイブ機構搭載。発売当時は流行っていたんだね。因みにGPZとは全く血縁関係の無い、カワサキ初のナナハン専用設計マシンであり、TT-FIカテゴリーのベースマシンでもあったという高性能機。ビュイーンと低い音を響かせて加速するその感触は、まさしく大型バイク。当時は休憩していると「あ、限定解除されてるんですね」と人が集まってくるような時代でした。

GPXとは北海道ツーリングも共にし、一ヶ月近く放浪したフカ〜イ仲でアリマス。8,000km近くは走行したんではなかろうか。

オドメーター34,000km時のある夏の暑い日に、自宅車庫から忽然と姿を消してしまいました。何処へ・・・。

 

 RF900R

鳴門海峡大橋前にて(1996年秋)

 

管理人の第二期大学生活を支えた足。この頃からインターネットが普及し始め、RFメイリングリストからオーナーズクラブも発足。1998年の鈴鹿8時間耐久レースのイベントである、パレードランに参加。ホームストレートではメインスタンドに手を振りながら走行。貴重な体験でした。

また、当時四国と実家を往復する際にも使用。高速性能は卓越したものがあった。

この時代は学生と社会人の狭間の期間で、あまりツーリングには行くことができなかったが、累積42,000kmを走行して次期バイクの下取りに。

今でも街中で見かけると、「俺の機体か?」と思うことあり。因みにフレーム番号はGT73E-100274だったかな?

 

TDM850(後期型)

 

乗鞍スカイライン終点駐車場付近にて(2002年9月)

標高10,000ft.付近なので、顔色が悪いぞ

 

寄るとしなみには勝てず、ステップの低い、バーハンドル車に。さらに、4気筒のパワーじゃあ怖くてスロットルを開けられない。その結果選択したバイクがこのTDM850。270度位相クランクのエンジンは80馬力を7,500r.p.m.で発生。また強靭なスティール製2桁フレームをはじめとした車体は思い切ってコーナーを駆け抜けることができた。エンジン特性もこのくらいが(これでも手に余るが)楽しい。

また、柔軟なサスペンションは乗りごごちも良く、一気に足が長くなった。しかし、ある夏の暑い日に長野県某所にて大爆発。とても申し訳ないことをしたと後悔しきり。

 

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