恋とか愛とか

 

2012年12月16日

 

0.はじめに

 

当方の人生には後悔が山ほどあるということは、本ページにて散々書いてきたことだ。そして、それを少しでも減らそう、今からでも間に合うことがあるなら挑戦しようともがいてきたことが、昨年の「トリデ二校作戦」、今年の「エアロビクス・インストラクターが誕生するまでプロジェクト」だ。

 

こうして、多くの人の応援を得つつ、なんとか当初の目標を達成することができた。これは、自己完結型の挑戦であったからだろう。つまり、全くすべてが当方の「やる気」と「努力」に拠り、目的を達成できないのは当方の努力不足、合格したなら運が良かった、努力がうまく実になった、と結論が明確に出るからだ。これは、自分のやる気、努力が結果に大きく影響を与えることを意味する。そして幸いにも、まだまだやれそうなことが残っていると証明できたことが、とても嬉しく、また当方の生きる糧となっている。

 

この場を借りて、関係各位に御礼申し上げます。

 

ところで、当方は今年11月に「離婚10周年」を迎えた。これについては、当方が結婚そのものについて、危険要素をきちんと吟味していなかった、またそれらに対してうまく対処できなかったことが原因である。そして、それに気がついたのはごく最近のことだ。

 

結婚生活を上手く進めている人達とは何が違うのだろうか。当方の推測では、若い時、特に20代前半、中盤頃に、「女性とほとんど接点を持たなかったこと」が原因と思われる。いや、多くの女性と浮名を流すとかそういうことではなく、女性の思考様式や女性の視点から見た世の中、そういったことに触れる機会を得ておくべきだったということだ。これについては、上記のような、自己完結型挑戦、例えば英検に合格するとか、そいういうことは苦しみつつもなんとかしてきたのだけど、この種の相手と間合いを取りつつ、うまく事を運ぶようなことは、自分がそうしたいと思ったとしても、相手の出方によってはなんともならない、いわば自分の意思だけではどうにもならないことが多い。結局、当方が後者の型の挑戦に対しては、極端に能力が劣るということだ。

 

ただ、考えてみると、当方は文系人間である。これについては異論もあろうかと思われるが、ひとまず文系に所属していたとしておこう。当然ながら女性の数は男性のそれを上回る。大学時代なんて、およそ7対3で女性圧倒というありさまだった。なんとかしようと真剣に考えれば、万事うまくいくことはなかろうとも、それなりの成果を出すこともできただろうに。

 

つまりは、当方が面倒くさがって、そういうことから逃げていたということだ。そして、それを正当化するために、「女とは関わりを持たない方が、硬派でかっこいい」と自分に言い聞かせていたのかもしれない。それこそ「話にならん」ですなぁ。

 

1.管理人の遍歴

 

それはそうと、管理人にも若い頃があったし、少しは努力してみようと思ったこともある。高校2年の冬には、人生で初めて、かつ唯一想いを伝えるという行動に出たこともある。結果はご想像通りに、振られた、というか、既にカレがいたということで、×。ただ、この方はとても優しく、手紙を出した時に返事をくれたり、時々廊下で話に付き合ってくれ(付き合わせた?)たりしてくれた。また、浪人時代も時々電車でお会いした歳、「今度は受かると良いですね」と応援して下さった。当方は本当に泣くところだった。

 

そして、大学生になり、相変わらず女性とは関わりを持つことができなかったが、週に2回は女性が群がり、黄色い声をかけられていた。「今日の宿題見せてぇ〜」と。また、ひどいものになると、家に電話がかかってきたこともある。「授業のノートを見せてくれ」と。当時は携帯電話は存在はしていたが、一般人が持つことができるものではなかったので、当然「家電」である。この時は、「この俺にも春が来たか」と一瞬喜んだが、全くそれだけであった。

 

また、ある時は、授業で会うたびに「どっついてくる人」もいた。「何????」と呆気にとられていたら、「アハハハ」と笑いながら去っていく。一体なんだったのだろうか?

 

そして極めつけが、前の嫁さんである。何かと傍に寄ってきては勝手に話し始めるし、バイトから帰ってきたらポストに差し入れが入っていたり、寮の前の海辺で話していたら

 

「唇を奪われた」

 

こともある。さすがにここまでされたら当方でも分かる。

 

「おぬし、我に惚れたな?」

 

こうして結婚したのだが、3年で破綻した。原因は上記の通りである。いわゆる「バツイチ」になったわけだが、最近は戸籍に×は記載されず、「除籍」と書かれるらしい。

 

それはそうと、離婚当時は自責の念に駆られたことは言うまでもない。そりゃそうだ。相手の欠点もたくさんあったのだが、それに対してもう少し寛容になるべき場合もあったし、つい腹が立って大きい声を出してしまったことも数知れない。まったく、何をしていたのだろうか。

 

この一件以来、「女性と交際する、または生活を共にすることに向いていない」と心の底から思ったわけで、以降、「もう女性を不幸にすることはできないな」と考え、「色恋沙汰には絶対に関わらない」と強く心に誓った。

 

ここで一つ、当方は同性愛者でもなく、ただのエロオヤジだ。グラビアアイドルの健康的な肢体を雑誌などで見ると、思わず見入ってしまうことなど度々だし、街でミニスカの女性を見るとつい目で追ってしまう。つまり、男の本能は持っており、女が好きということだ。

 

話を戻して上記の誓いであるが、その実、「理性と本能の間に存在する矛盾に苦しむ」ことを自ら好んで選択したということを意味する。昔でいくと「七難八苦を与えたまえ」と言っているようなものであるが、このご時世、山中鹿之助は流行らないよねぇ。

 

一方、その見返りに「自由」が無限大に広がった。いや、決して、多くの女性と付き合ってとか、そういうことではない。給料はすべて俺のものってことだ。今までマイナスだった生活費用は一転してプラスになり、少量ながらも貯金できるようになった。

 

結婚生活を送っていた時に、「何でこんな目に遭わねばならないのか」と涙を流したことから開放され、ツーリングは行き放題、あの喜びは忘れられない。そこで当方、自戒の意味も込めて、離婚した2002年11月15日(金)を「軟禁開放記念日」と密かに名づけることにした。(ここで公表しているから、密かではない)。

 

ただ、自由故の落とし穴が待っていた。「どうせ家に帰ってもしょうがないので、残業でもしていくか」と安易に考え、今度は残業三昧になってしまい、結局ドクターストップまで頑張ってしまった。これにより、楽しむということをすっかり忘れてしまった。

 

そしてされに、状況が悪化して「精神科に入院」することになった。これは大いに衝撃的出来事であった。

 

「え〜なにそれ????」

 

主治医は「ちょっとダラダラしていけ。どうせ独り者だろ」という、いわば冷却期間として利用するという考えだったそうだ。

 

その後退院してから出社しようと思っていたら、会社から休職命令が出された。これは退職勧告に等しい。もうこうなったらヤケだと、しばらくはジムに行くこと以外は何もせず、本当に休職していた。そんな時、たまたまネットを見ていたら、ある施設で復職の手助けをしていることが発覚部屋。3ヶ月と少々長い準備期間を経て、さらに4ヶ月通所することとなった。

 

そして、その施設に通い始めて2ヶ月目に入ったある日のこと、ここがとても面白い場所であることが判明した。というのも、この社会では程度の差こそあれ、「滅私奉公」が原則であるが、この訓練所では自分の人間性を大いに発揮することを許容してくれるのだ。「こんな世の中に、そんな場所がある」とはつゆ知らず。こんな管理人でも、少しずつ人間性を取り戻すことになる。

 

果たして、2012年1月に復職する頃には少々人間らしくなってしまっていた。

 

なに、復職できて良かったジャン。って言われそうだが、そんなに甘くないのが世の中だ。いや、仕事はひとまず普通に出社しているし、多少の残業もこなしている。

 

2.だから?

 

問題は、10年前に封印した「恋心」も人間の成す業であるということだ。人間性を取り戻した=やっぱり女性と付き合いたいという等式が成り立つことは、容易に想像がつく。そして、友人のオークラ氏も、「管理人は無駄にストイックだ。(もう入院しないでよいように)、恋愛しないまでも女性と交流を持つことは大切だ」と、真剣に諭してくれた。とても心配してくれていたのだろう。有難いことである。

 

また、最近歳を取ったせいか、季節的なものか、どうも寂しくていかん。ジムに行ってレッスンを受けているうちは良いが、アパートに帰ってくるとやけに寒い。懐は相変わらず寒いのだが、物理的なものだけでなく、心も寒いのだ。今まではそれほど気にもならなかったのだが、やっぱり寂しい。これは恐らく人間性を取り戻した結果、そういう感情も素直に認めることになったからに違いない。

 

そうなると、交際可能かどうかは別として、周りの女性を少し気にするようになる。幸いにもエアロビクス・インストラクター養成コースに通っていたおかげで、様々な方々と顔見知りになることができた。その中で一人、

 

「あ」

 

と思う方が現れた。「とても可愛らしくて、ちょっと母性的」な方である。もちろん、誰かはひ・み・つ。そんな彼女であるが、時々体調を悪くすることがあったので、「今日は腹をこわしてないかな」なんてちょっと心配になったりする。そんなことを考えていると、なんだか胸が苦しいなと感ずるようになって、食事が喉を通らないこともしばしばだ。おかしいなぁ、体調自体は結構良いのだけどなぁ。訳がわからない。

 

そういえば、前述の高校生だった時、こんなことがあったなって、ん?、これはもしかして、

 

「恋」

 

というやつか。

 

元嫁と付き合うことになった時は、相手側からの強烈な揺さぶりがあり、なんだか知らないうちに交際することになったしまったから、今回とは違った気持ちであった。とすると、この種の感情は実に20年振りに湧いて出たものか。「ああ、そうか。俺も人間なんだ」となんだか納得してしまった。

 

それに気づいてから、時々ながら、お会いする時などにはとてもドキドキして言いたいことも言えないし、彼女が「ちょっと体調が悪かった」なんて聞くととても心配だし、困っていると何とかしてあげたいし、いやいや、干渉のし過ぎはよくないし、いやでも心配だし・・・。心は彼女に振り回されっ放しだ。もっとも、それは心の中だけで、行動には現れないようにしている(が、うまく振舞えているかは判別不能)。

 

先日も雪が降ったので、滑って転んだりしていないか、風邪ひいていないか、とちょっと心配になってしまった。その度に胸が苦しく、飯が食べにくい。ここまでくると正直重症だろう。

 

3.なぜ?

 

まったく恥ずかしい限りであるが、人間を取り戻した故に、こういう事態に陥ってしまった。いやいや、人間を取り戻せたおかげで社会復帰できたわけだし、ひとまず自活を再開できたのだから、人間でいることは必要なことだ。しかし、当方はもう色恋沙汰には関わらないことにしている。しかし、心は振り回されている。どうしたらいいの?

 

そんなもん、行動に移すか、今まで通りでいくか、その中間の立ち位置を探すか、自分で決める他はなかろう。

 

それにしても、俺ってなんでこんなに慎重というか、臆病というか、この手のことが苦手なんだろう。

 

ちょっと分析してみると、家庭環境にも要因があったようだ。と言うのも、叔母さんから、「早くに母親を亡くしてしまったので、そこで考え方などがズレてしまったのだろう」との指摘があったからだ。なるほど、生まれた時から当方を見ていた叔母さんらしい、鋭い分析だ。

 

それはそうと、当方としては、感謝も多分にしているものの、母親とはあまり反りが合わなかったと思っている。正直、過干渉で押し付けがましくて、口うるさいので嫌いだ。本人は41歳11ヶ月と短命で無念であっただろうが、当方としては、何も分かっていないくせにやかましく口出しする人がいなくなったおかげで、自由に生活出来ているのだと思っている。長距離キャンプツーリングを楽しむことができていることは、その際たる例だろう。生前母親は「バイクのような反社会的な乗り物に乗ることは許さん」と一人で息巻いていたからだ。そのくせには、自分は原付で一通逆走を3回も見つかったにも関わらず、すべて「ブッチ」してきたと自慢していた。もちろん、「髪の毛が乱れるから嫌だ」とか言って、ヘルメットなんて被っていない。人を馬鹿にするのも程々にして欲しい。

 

まだ中学生だったある時、こんなことを言われた。「大学に行くなら、文化系なんて販売の仕事にしか就くことができないので、石にかじりついてでも理科系を選びなさい」と。いやいや、お金を出してくれるのは親父だし、勉強するのは俺だし、あんたに俺の人生の矢印まで決められる筋合いはないぞ。だいたい、あんた大学に行ったことないじゃん。なんでそんなことが言い切れるのか。文化系出身の人をすべて調査したのか。文化系で販売の仕事をしている人に失礼だとは思わないのか。そもそも仕事の種類に優劣なんてあるのか。皆、各々辛いことも我慢して生活のために働いているんじゃあないか。あんた何様だ。

 

すいません、つい興奮してしまった。何が言いたいかというと、こういう母親と無意味な衝突を繰り返すうちに、「女の人ってもしかして、こんな風なの?」という偏見を持つようになってしまったということだ。もちろんそんなことはなく、冷静な判断力を持ち、家庭で、社会で活躍する女性はたくさんいる。要するに、うちの母親がヴァカだっただけだ。

 

こっちもそれに早く気がついて、話をしないようにするなど自衛策を立てていれば、こんな偏見を持たずにもっと有意義な学生生活を送れていたかもしれない。それができなかったのは当方自身の責任だ。もっとも、今だったら、あんまり腹の立つことを言われたら、「いやあ、俺、今の仕事は一応技術的な項目を扱う仕事なんだけど、おっとっと、文化系出身だったかなぁ?」とかイヤミの一つでも言い返してやれればよいのだが、勝ち逃げならぬ、死に逃げされているのでそれも叶わない。

 

4.で、どうするの?

 

いずれにしても、自分がよく周囲のことを観察し、適切な判断をし、自分の道をしっかりと見据え、しっかりと勉強し、たくさん遊んでいればこんな事態は防げたわけだ。しかし、今更気がついても遅い。やっぱり、今やれることを精一杯やることしかできないのだ。

 

話がいささか回り道となったが、当方の能力不足がすべての原因だ。どうしようもない。また、中には「今からでもやり直せるじゃあないか」と言われる方も見えるが、とんでもない。当方は一応会社員をしているものの、給与明細を見るとその金額の少なさにため息がでてしまう。今、独り者であるから、こうしてノホホンと暮らしていけるが、もし、奥さんや子供を養いつつ、家のローンを払っていくとしたら、なんてとても考えられない。

 

恋愛と結婚は別であるが、恋愛の延長線上に結婚がある場合が多い。つまり、女性を愛し、交際するということは、ひょっとしたらそういうこともあるかも、と考えて行動することが必要である。そうなると、「恋愛とは絶縁し、その対価である自由な時間で、自分の能力開発や心底楽しいことを目一杯謳歌する」と言う方針は変えることはできない。ただ、やはり、当方は人間であり、無意識に恋愛感情が湧き出ることもある。「理性と本能の間に存在する矛盾」に死ぬまで苦しむということか?

 

まあ、ここで結論は出さずに、今まで通りに仕事をし、ツーリングを楽しみ、ジムで体を鍛えストレスを発散し、レポートを作成する。またそのうち、話が転がることもあろう。

 

これ以上は堂々めぐりになりそうなので、この辺で終わりとしましょうか。

 

戯言にお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

管理人、40歳を前にして考える

 

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