VTRエンジン大研究

1996年、VTR1000Fファイアストームが発売された。前年TRX850が発売され、スズキからはTLシリーズも。この90年代半ばはなかなか面白い時代であった。1990年発表のZZR1100C型に端を発する最高馬力競争の過熱により、ホンダからはCBR1100ブラックバード、続いてスズキからGSR1300 隼、さらには本家カワサキからZX-12Rと熱いモデルが続々登場。ヤマハは一歩引いて軽量ハイパワーのバランス重視路線をとり、YZF-1000 R-1をデビューさせる。

 

 

さて、話を本題に戻そう。ファイアストームはツインエンジンの楽しみを追求に対して、ホンダの出した回答と言える。おりしも世界スーパーバイク選手権でDUCATI旋風が吹き荒れており、日本製バイクのお家芸と言える4気筒高回転、高出力型エンジン車が大苦戦を強いられていた。そのワークスマシン直系の916や748をチョイチョイ公道でも見かけるようになったのも1990年代後半であった。

ファイアストームのエンジンを詳細に検討してみよう。まずは諸元表を眺めてみる。

 

エンジン型式: 水冷4サイクルDOHC4バルブV型2気筒

総排気量(cc)        : 995cc

内径×工程(mm)  : 98×66

圧縮比        : 9.4

最高出力(PS/rpm)  : 93/8500

最高トルク(kgm/rpm): 8.7/7000

キャブレター     :VPT0

点火装置形式     :CDI式 バッテリー点火

潤滑方式       :圧送飛沫併用式

潤滑油容量(L)    :4.5

 

諸元表というと、たいてい最高出力と最高トルクの数値に目が奪われがちだが、管理人は隅から隅まで眺めて喜んでいる、自他共に認めるマニアである。ボアストロークは実は、TLも同じである。因みにレーサーのDUCATI996も同じである。これはエンジンの大きさと目標最高出力の兼ね合いからこの数値が一般的であることに起因しているそうだ。VTRのエンジンは圧縮比が9.4とスポーツバイクにしてはやや低めの設定となっている。圧縮比は高いほどエンジンとしての効率は良くなるが、扱いやすさに関してはノッキングが出やすくなるので、高ければ良いとは言えない。もっとも最近はエンジン制御技術の発達から両立が可能になってきており、この論も一昔前の話となっている。点火方式はこの表だけでは詳細がわからないので、言及はしないでおこう。潤滑方式はほぼどの4サイクルスポーツバイクはこの方式を採用している。潤滑油の容量はやや少なめでちょっとビックリ。管理人のTDMは4.7Lとやや多めだ。これはVTRがウエットサンプであることに対して、TDMはドライサンプであることが影響している。また、余談であるが、VPキャブレターとは、バキュームピストン形状を丸型からT型に変更し、吸入抵抗の低減、スロットルへの追従性を高めるというものらしい。今、ホンダのページで調べ、引用しました。詳しくは、

 

http://www.honda.co.jp/factbook/motor/CBR250RR/19900300/003.htmlを参照あれ。

 

 さて、VTR-Fに遅れること約4年、VTR-SPが登場する。このモデル、VTRと同じ名前がついているものの、中身は全く別物であり、ほとんど当時のスーパーバイクの規定 [排気量:750ccまで、(二気筒は1000ccまで、尚、3気筒は900ccまでが許される)]に合わせて開発されたものだ。900の3気筒は実質英国トライアンフ社のための規定と解釈してほぼ間違いなかろう。VTRの件に戻るが、VTR−F発売当時から、いずれ発表されるとされていたので、満を持してという言葉がぴったりだ。

 

 

大きく話をそらすが、スペックに移る前にひとつ触れておくべくことがある。それはレーサー、と市販車の差だ。レーサーを最高峰のカテゴリに限定して、4輪車=F1、と2輪車=モトGPとして、市販車をスポーツタイプ車として走る、曲がる、止まるに関する要素を比較してみよう。以下の表をごらん頂きたい。

 

 

4輪車  

 2輪車

概  観      

 かなり異なる

 かなり似通っている

ボデー(フレーム構造)      

かなり異なる

似通っている

エンジン機構    

似通っている    

似通っている

エンジン特性       

かなり異なる 

似通っている

タイヤ    

異なる

やや異なる

駆動系、ギアボックス(作動)     

 異なる

似通っている

 駆動系、ギアボックス(構造)      

 異なる

 やや似通っている

ブレーキディスク    

異なる  

異なる

ブレーキキャリパー  

やや似通っている   

 やや似通っている

 

こうして眺めてみると4輪車と2輪車では決定的な差があることに気がつく。2輪の方が似通っている点が圧倒的に多いと言える。もっと具体的に考えてみよう。ホンダRA807とシビックタイプR、RA211VとCBR1000RRで比較すれば、かなり明瞭にイメージが沸いてこよう。

 

 

つまり、4輪車に関しては、レーサーと市販車は完全に隔離されていると考えてよさそうだ。フォーミュラカーを街中で走らせている者はほとんどいない。ところがどうだ、2輪車は有名メーカーの消音器、スポンサーのステッカーを貼り付けてレーサーヨロシク走らせている。2輪車界ではレーサー=最良のモノ、ノーマルなんてダメ、という風潮がある。管理人がある道の駅で観察したところ、単位あたりの割合で考えた場合、消音器を非純正品にしている者は4輪車よりも2輪車の方が3倍くらいは存在しているようだ。これは、上記のレーサー至上主義の考えを基に、手軽に真似できるところを真似したと言えよう。主な目的は「音」をレーサー化するということか。

 

 

ところで、消音器を非純正化するとは、どのようなことだろうか。消音器を変更すると、大抵は時間当たりの排ガス通過量が増える=抜けが良くなる。インジェクション車に限定して話を進めよう。エンジンと消音器間にある酸素量検知器は、排気温度等も考慮して排ガス中の酸素量を電圧値に置き換え、エンジン制御コンピューターにデーター送信している。抜けが良くなると、排ガスの流速が純正品使用時よりも速まり、燃料リッチとコンピューターが判断する。吸入エア量は変わらずに燃料噴射量が減少される。相対的に燃焼温度が高まり、釣り合いがとれる。エンジン高回転時は伸びが良くなるが、低回転時はトルク感が落ちる。全回転域で考えてみると突然パワーが盛り上がるので、「速くなった気がする」だろうが、実際には乗りにくくなっているので、確実にコーナー立ち上がりは確実に「遅い」だろう。もっとも常にピーク域を維持できていれば話は別だが、そんな人いるのか。じゃあ、空気の吸入量を増やして、適切な混合比を作りだせばよいだろう。エアクリーナーボックスを外して某社パワーフィルタを装着。吸入量センサーはエア流入箇所に取り付けてあり、熱線の温度で流入量を検地している。流速が速まり、熱線は冷却され、エンジン制御コンピューターは燃料噴射量を増やす。やれやれ、マフラー交換と総合して均衡がとれた、、のか??いや、エンジンのバルブ開閉時間とタイミングを変更しないと増えた混合気量を有効にエンジンが吸排気を行えない。カムを交換だ。どのカムがいいタイミングをつくりだすのか。カムが見つかったとしよう。次は点火タイミングを変えてやらないとノッキングや、不完全燃焼になりそうだ。さっきエアクリーナーボックス外してしまっているから、エンジンの吸入脈動に対して対応できましぇーん。さらにごみもたくさん吸うからエンジン痛む可能性大。

 

おっと、たくさん空気を吸って、たくさん燃料吹いているから、熱対策はどうしよう??これが現実だ。ここまで考えたうえで部品交換しているならば何も言わないが、少なく見積もっても90%はここまで考慮していないだろう。まあ、オートバイは趣味の乗り物、自己満足の乗り物だから私がとやかく言う権利も資格もない。しかし、一つ言えることは、純正は最高のセッティングを具現化しているということだ。炎天下の海沿いから、氷点下の高地、大雨の日まで問題なく走ることができる。某イタリア車では考えられない。果たして、消音器のブランド名、音だけに対して犠牲を払う価値があるか、管理人には非常に疑問だ。

 

話を元に戻そう。2輪車=レーサーが良いバイクというイメージが強いと記したが、実際には上記のような現実がある。ことを認識した上で、VTR-SPのエンジンを検証しよう。

 

エンジン型式: 水冷4サイクルDOHC4バルブV型2気筒

総排気量(cc)        : 999cc

内径×工程(mm)  : 100×63.6

圧縮比        : 10.8

最高出力(PS/rpm)  : 135/10000

最高トルク(kgm/rpm): 10/8000

気化器        :PGM-FI

点火装置形式     :PGM-IG

潤滑方式       :圧送飛沫併用式

潤滑油容量(L)    :4.3

 

諸元表からでもSPの性格が読み取れる。まず内径と工程の大きさだ。2ミリ大径のボアと2.4mmのショートストローク化だ。たかだか2mmと思われるかもしれないが、ピストンスピードを考えればその差は大きいものと実感できる。レーシングエンジンに求められるものは、一般に高出力、高回転化だ。なぜか。馬力とは単位時間あたりの仕事量の指標であり、トルクとは絶対回転力のことだ。具体的には76kgfの物体を1秒間に1m動かす仕事量を指す。一方1kg/mは一方を回転軸に固定した1mの棒に1kgの物体を取り付け、回転させることができる、いわば絶対力である。つまり、大きいトルクを高い回転数で発生させるエンジンは結果高馬力を出すことができる。これがレーシングエンジンが高回転、高出力と呼ばれる所以だ。

 

さて、ピストンスピードだが、10,000rpmで考えてみよう。Fは66×10,000=660,000mm=66m/分だ。SPは63.6×10,000=63.6mとなる。毎分66-63.6=2.4mとなる。因みにFのエンジンで計算すると24000mm÷66mm=363.6ストローク分余計にピストンが往復していることになる。SPのエンジンはその分を省いているわけだから高回転化が可能になったわけだ。限界まで回すとなると結構大きな差になってくるのはいうまでもない。オイル容量は0.2L少なくなり、攪拌抵抗を減らしてある。ということは、少ないオイルを高い流速で循環させているわけだから、汚れ、劣化が早いことを付け加えておこう。また、圧縮比も10.8と高められている。もっともスーパーバイクのキットパーツなら12台であることは確実だ。このほかにも、動弁系はより細い、軽量化されたバルブステム、より張力の高いバルブスプリング、作用角の大きなカム、さらには扁平燃焼室となっているはずだ。それに加え、熱対策の為に、各部のクリアランスは大きめになっているだろう。さらにはフライホイール、クランクシャフトの軽量化、FとSPは全くの別物であろうということがお分かりいただけよう。

 

余談だが、フレームは共にアルミ製2桁式だが、スイングアーム軸がFのエンジンマウント開放式に対して、SPはエンジンマウントしつつも桁で外側から挟み込んであり、補強なくともレースに参戦できると言われていた模様だ。Fはスリックタイヤを履くとフレームが負けてしまうらしい。

 

もうおわかりいただけよう。一見馬力が上がっただけに見えるSPだが、その変更は多岐に渡っている。レーサーに特化した変更だ。これを扱うにはそれなりの心構えが必要であると思う。より早いメンテナンスサイクルが求められる。レーサーは走行毎に各部が交換、メンテされていることはご存知の通りだ。扱いやすさ、省メンテ性、快適性や静粛性は完全に無視されていることが伺える。

 

今一度、オートバイの機構についてちょっと考えてみるだけで、長々とした文章になってしまった。正直、本論がこんなにも長く、ごてごてした論になるとは考えてもみなかった。いやはや、バイクは奥深いものだ。

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