管理人 海外へ行く

~オーストラリア編~

2017年11月13日~2017年11月21日

フィリップ島の南端から南を見る

(この先に南極大陸がある)

第5日目(11月17日)その1

1.始動

今日はバスに乗って、フィリップ島へペンギンパレードを見に行く日だ。朝は早起きして、7時前に起きて準備を整える。朝食はいつものようにビスケットとバナナ、そしてインスタントコーヒーである。さて、前述のように、今日は1日現地申し込みのツアーに乗るのだが、集合時刻は9時45分と時間はあるのだが、8時30分にホテルを出て路面電車をつかまえる。

トラム57系統もようやく板についてきたというか、乗り慣れてきた。こうしていると地元の人と区別がつかないのでは??とうぬぼれつつ、「ビクトリア通り」から「エリザベス通り」を進む電車の車窓から景色を眺める。気分はすっかりメルボルンっ子である。

相変わらず工事中の「フリンダー通り駅」に到着し、西へ向かって歩いていく。そして、NGVという美術館やACMIという映像館の前を歩いて、集合場所へ到着する。

ACIM(いかにも芸術的?)

時刻はまだ9時前なので、気になっていた斜向かいの「セント・ポール聖堂」へ立ち寄ることにするか。この手の聖堂は、敬虔なカトリックの国であるポルトガルでたくさん見てきたが、こちらのものもなかなか荘厳な雰囲気である。中に入ると、観光案内のフリップが4、5種類用意されていて、日本語版もある。こいつは驚いた、日本人がそれだけ多く訪れるということなのだろう。しかし、ここは順当に英語版を借りることにしよう。

セント・ポール聖堂

既に11月も半ばなので、クリスマス関連の行事が行われるようだ。今日はコンサートがあるようで、ステージでは準備が行われいる。また「写真撮影は遠慮してくれ」と貼り紙がでているので、それに従うことにした。壁際に寝返りではないが、歩いていくと色々と説明のパネルが展示してある。それによると建設は1880年に完了しており、塔の高さは100m近くあるようだ。また、奥行きも80m程度と巨大である。もちろん、先先代のローマ教皇である「ヨハネ・パウロ2世」も訪れたことがあり、その時の様子を写した写真も見られた。彼は「空飛ぶ教皇」として有名であり、世界中を飛び回っては平和を祈願していたのだ。また、聖堂といえば壁画やステインド・グラスであるが、こちらものものも見事であったと補記しておこう。

パンフレットの写真による

教会内部の様子

2.いよいよツアー開始

おっと、そろそろ集合場所へいかないと置いていかれてしまうぞ。少し慌てて聖堂を出て、交差点を渡る。通りすがりにフリンダー通り駅を見ると、工事用のカバーが少し外されていて、姿が7割程度見えるようになっている。おお、全く見ないまま旅が終わるかもしれないと思っていたので、これは運が良かったな。

工事中のフリンダー・ストリート駅

そう思いつつ、小走りで集合場所へ向かう。時刻は9時30分になっているので、続々と人が集まってきている。そうだ、今のうちにトイレに行っておこう。これまた少し慌てて隣のNGVのトイレに入った。やれやれ、オーストラリアは公衆トイレが無料で利用できるので、ありがたい。ポルトガルでは0.5ユーロ払ったからなぁ。そう思いだして手を洗っていると、何やら黄色い箱が壁に取り付けてある。よくよく見ると、これは使用済みの注射針をいれる箱のようだ。

そうか、以前テレビで観たことがあるぞ。麻薬の常習者が使用済みの針を使いまわしているうちに、エイズに感染するという内容だった。それを防ぐために、新しい針を支給している場面もあったっけ。つまり、麻薬の常習者がいる方が、エイズ感染者が増えることよりも「マシ」と考えられているということか。日本人の感覚からはちょっと理解できないが、国が変われば常識もかわるというものだろう。いや、日本だって「梅毒」をはじめとした性病の蔓延が懸念されている。他人事ではないのかもしれない。

オーストラリアの影を垣間見た後、集合場所に戻るとバスがやってくる。案内所でもらったパンフレットによれば「GLAY LINE」という会社のバスを利用することになっている。果たして、そのバスにはでかでかとその名が書かれているので安心だ。入口付近ではおじいちゃんの運転手が参加者名簿を持っていて、名前とツアーの証明書を見せると陽気に歓迎してくれる。

バスに乗って

席は好きな場所に取ってよいということだったので、左側の真ん中付近とする。ガイドの姿が見えないなぁと思っていると、運転手は席の横に備え付けてあるマイクを口元に向けて、話し出す。おいおい、運転手とガイドが兼任なのか。こいつは驚きだが、ガイドが乗っている方が珍しいのだろう。これも日本だけの常識というわけか。

10時頃にバスは走りだし、メルボルンの市街地を抜けてハイウエイに乗る。車窓から見る景色はビルや建物から平原に変わっていく。また、周りを走る車は日本メーカーものが多く、この分野での日本の存在感はもはや「支配的」とまで言えそうだ。

こうして走行しているうちにも、運転手は饒舌にガイドをしてくれる。オーストラリアの人口、ハイウエイの総延長距離、はたまた家の値段の変遷など話題も豊富だ。因みに、家の値段は年収の3倍程度、ハイウエイではオーストラリアの外周を一回りできて、14,000kmにもなるということだった。

車窓から見るハイウエイの様子

(あまり日本と変わりがない)

3.最初の目的地へ

街を抜けると郊外に出て、牧歌的な風景が広がる。メルボルンは大都会なので、こういう風景は癒されるな。やはり、当方は田舎が似合う男なのだろう。そう考えては流れる景色を楽しんでいると、11時前に「Mount Sancturay」という動物園に到着する。ここの入園料はツアー料金に含まれているのだが、オプションでコアラを触るのは20ドル追加料金がかかる。ただ、ワラビーのエサは2ドルと安いので、こちらを購入して見物に出かける。

動物園に到着

オーストラリアは孤立した大陸なので、独自に進化した動物が多く生息している。例えば「ウオンバット」だが、これはモグラみたいな生き物だ。また、夜行性らしく、金属製の筒の中でゴロゴロしている。因みに、子どもの頃にテレビで放映されていた「南の虹のルーシー」というアニメがあったのだが、これはイギリスからオーストラリアに移住した一家の物語であった。その主人公のルーシーが動物好きで、ウオンバットを飼っていたのだが、馬車にひかれてしまうという場面があった。

これがウオンバットか

園内は広く、絶滅の危機がある鳥も数多く展示されている。色が綺麗なもの、くちばしが長いもの、尾が長いものなど様々だ。

珍しい鳥たち

もちろん、コアラもおり、割と近い距離だったのでその表情もはっきりと見ることができる。

わりと近くにコアラを発見

さらに進んでいくと、ワラビーが放し飼いされていて、こちらを見ている。ここで先ほど購入したエサの登場だ。袋から出して手に取ると、それを見るや否や、こちらに寄ってきてガツガツと食べだした。すると、それを見た別の個体が寄ってきて収集がつかなくなってくる。一旦ここで逃げるように退散した。

カンガルーの親戚であるワラビー

実演コーナーでは「フクロネコ」という、聞きなれない名前の動物の調教を行っている。もちろん、豪語なのでそれ程内容がわかるわけでも無いのだが、腕につかまらせて何やら命令をしたりしている。

フクロネコの調教実演

その後は大型の「クサビ尾鷲」という鋭い目をした鳥を見つつ進んでいくと、探していた「ディンゴ」がいた。この動物はオオカミの仲間らしく、一見すると犬のようだが、口がとがり気味で若干の違いがあるようだ。そういえば、前述のアニメで、主人公が番犬代わりにディンゴを飼っていたな。

金網越しだがディンゴ

今日は天気が良いし、敷地は広く実に気分が良い。ツアーはあまり好きではないのだが、バスに乗っていれば気楽にしていても目的地に連れて行ってくれるという安心感は○である。おっと、そろそろ集合時間だ。

広大な敷地

3.次なる場所

12時15分頃に動物園を出発して、次なる目的地である「チャーチル島」へ向かう。バスの運転手は相変わらず饒舌であり「動物園は楽しめたか」などと常に話をしながら運転をしている。日本だったら「ながら運転」として警察の取り締まり対象となりそうだが、ここはオーストラリアだ。そんなことは関係ない。また、車窓には至極牧歌的風景が流れていき、その広大さに感激してしまう。牧草ロールが転がっているのだが、日本とは数が違う。これは。北海道を10倍ぐらいにした感覚だろうか。因みに、道路は制限速度が100㎞/hとなっており、渋滞もないので順調に南下を続けていく。

牧歌的な風景が続く

ひとしきり走ると、右手に「フィリップ島」が見えてくる。運転手は「バイの向こうがフィリップ島だ」と盛んに言っているが、それは「バイ」ではなくて「ベイ(湾)」のことだ。そうか、俺はオーストラリアに来ているんだと、改めて感じる。

この「バイ」向こうがフィリップ島

イタリア人が多く移住してきたという「バイ」の入口の街「サン・ロメ」地区を通る。英語読みならば「セイント・ローマ」であろうかと想像していると、バスは大通りを過ぎて細い道に入る。これから「フィリップ島」に付随している「チャーチル島のHeritage Farm」へ寄って行くということだ。日本並みに狭い道を行くと、舗装も途切れる。沿道にはでかい角をつけた牛??である「Big Horn」が優雅に草を食べている。そうだ、昔はいすゞ自動車も乗用車を製造していて、同名のSUVを生産していたなぁ。そう考えていると駐車場へ到着した。

Big Hornたち

バスを降りるとガイドが待っていて、我々ツアー客を迎えてくれる。時刻はちょうど12時なので、併設の小さなカフェで昼食を摂ることになるのだが、ここでガイドが「昼食をXXした方は?」と言うので、思わず手を挙げてしまった。すると「予約したの??」と聞かれたので「すいません、間違えました」と恥ずかしい思いをしてしまった。英検準1級なんてこんなものかと自分が嫌になるが、当方の実力不足なので仕方ない。

さて、何を食べようかとショウケースを眺めると、どれも旨そうなものばかりだ。散々迷った末に店員に声をかけて「細切り牛肉のサンド」と「サラダ」を注文した。そして、札、水瓶とコップを持って席に着く。オーストラリアの東海岸は適度に降水もあるので、水の料金は取られない。関係無いが、当方の親、特に母親は嘘つきの天才である。その昔、子供の頃に「店で食事をする時にタダで水が飲めるのは日本だけだ。水道の水が飲めるのも日本だけだ」と教えてくれたのだが、これは全くの嘘だ。だって、現にオーストラリアで料金のかからない水を飲んでいるのだ。因みに、ポルトガルの水道水も飲めないことはない。というのも、水道橋があって、普通に飲料水として使っていたのだから。

他にも色々と嘘をつかれていたことに、大人になってから気がついたのだが、全くもって酷い親だ。知りもしないことを知ったかぶるとは、恥じ入るばかりだ。そんなことを考えていたらだんだんと腹が立ってきたので、この話はこの辺りで止めることにしよう。それはそうとして、遠くに黒い雲が見えて、さらに雷鳴も聞こえだした。そう、今朝の天気予報も「午後から雷雨」と伝えていたのだ。オーストラリアの天気予報は結構アテになるのだが、あまり嬉しくない。

そう思っていると、注文の品が運ばれてくる。おいおい、こんなにたくさん誰が食べるんだよ。軽く2人前はあるじゃあないかと驚くが、ここは日本ではない。どうも海外では1人前を頼むということができないらしく、2人前をそれなりの料金で注文するということが常識のようだ。また、値段であるが、レシートをもらい損ねたので正確な数値を思い出せないのだが、サンドイッチが13ドル、サラダが6ドル程度だったと記憶している。日本円だと1,700円ぐらいになるので、かなり高額だ。しかし、これくらいが相場なのも事実であり、オーストラリアの物価水準には驚かされる。いや、そうではなくて、日本がいつの間にか安かろう、悪かろうの国に落ちてきているのかもしれないなぁ。

注文する量を間違えたか

もちろん、料理はとてもおいしので値段相応である。雄大な景色を見ながら食事をして、まったくもって良い気分である。こういう時間に縛られない、日常を抜けだした瞬間に人生の楽しみが存在するのだ。管理人が旅をするのは、この瞬間を求めているからだろう。そうだ、俺は旅のために生きるのだ。今までの生きざまを振り返れば「何を今さら」と言われそうだが、どうしてこれ程までに旅を愛するのかは、ここに集約していることに改めて気がついた。

「バイ」の素晴らしい眺め

食事の後、カフェの裏にある展示を見に行く。ここはその名の通り、遺産となるような古い農場、つまり移民当初の農場を再現した施設なのだ。先ほどのガイドに続いて、歩いていくと、豚小屋から「ブヒブヒ」言いながら豚が出てくる。「この子はドリーと言う名前で、私と仲良しなのよ」とガイドが教えてくれるが、確かによく懐いている。そうなのか、豚も人間に懐くんだ。知らなかったよ。

お、ついに雨が降ってきやがったか。しかし、ここは木が覆い茂っているので、大した問題にはならない。さらに、降りもそれ程酷くないので、傘を差すまでもなかろう。施設を一通り案内してくれたガイドだが「あとはご自由に楽しんでください」と早々に姿を消してしまった。今日は忙しいのだろうか、まあそれはどうでもよくて、自分のペースで見て回る方が当方にとっては都合が良い。

フラフラと歩いて居ると、牛の乳搾りを体験できるコーナーがある。女のそれも好きだが、今日は純粋にいつも飲んでいる牛乳の素を搾ってみようじゃあないか。4、5人の順番待ちのの後、当方の番が回ってくる。「どうやってやるのか」と係員にたずねると、そのやり方を実演してくれる。「こうかな??」とやってみると、案外うまくいった。いや、搾らなくても乳がどんどんとでてくるので、たやすいことだった。

管理人も体験中

遂に14時30分から羊の毛刈りの実演があるとボードが出ているので、観覧席に座って説明を聞く。何でも1頭から2ドルぐらいの用もが刈れて、最高で日に900頭を7時間程度で刈った記録があるそうだ。それは道具が発達したからで、最初は刃渡りが20㎝ぐらいのはさみで刈っていたから、500頭弱しか刈れなかったそうだ。実際に刈るところを見せてくれるのだが、1分位で綺麗にマルハゲである。因みに、再びモコモコに毛が生えそろうには半年くらいはかかるということだ。

虐待ではありませんよ

次に羊飼いのコーナーへ行くと、羊追い用のムチの実演をしている。これは、2.5mぐらいのムチの先に火薬を仕掛けたもので、うまくしならせると火薬がはぜて「パン」と音が出るようになっているのだ。もちろん、職員の人は器用に「パンパン」鳴らしている。「誰かやりたい人はいるか」と観客に参加を促していたので「ハーイ」と手を挙げる。マイク越しに「どこから来たのか」と聞かれたので、ついつい「俺は日本からきた侍だ」と訳のわからないことを言う。すると「?????」という顔で、職員はムチを貸してくれる。あれ、うまく鳴らないぞ。何回も挑戦して、職員も「もう辞めるか」という顔になってきた頃に「パス」と不発弾のような音が出た。

この方は上手く鳴らしてました

「おお、鳴ったぞ」と大きな拍手で盛り上がって、当方の挑戦は終了した。因みに、この後にアメリカ人の女性が挑戦したのだが、やはり「パンパン」と良い音を出していた。俺はあまり器用ではないので、それを皆の前で示したことになったが、良い思い出になった。

次に牧羊犬の羊追いを見ようと思うが、雨が降ってきて中止となってしまった。集合時刻の15時30分までは30分程度の時間があるので、オーストラリアへの入植当時の家を見に行く。説明の看板によると、この家は「Samuel Amess」という人の別荘で、元々は1872年に建築されたものだ。また、この人物はメルボルンの多くのランドマークを建てたそうだ。この人以降所有者が4名変わり、1973年に政府に売却されたということだ。また、説明には「島」を売却と書いてあるので、最初に家を建てた「Samuel Amess」は島ごと購入していたということだ。何とも、金持ちのすることは大胆である。いや、ただ土地がたくさんあっただけのことなのか??

Samuel Amessの家

家の内部には、当時の生活を紹介する展示がされている。説明のパネルによると、右の船は「Lady Nelson」という船で、1800年に移民を乗せてやって来た船ということだ。また、左の人形の服装は旅するもののようで「チャーチル島の労働馬祭」の時に、ボランティアの方が復元したものということだった。

室内の様子

第5日目(11月17日)その2へ続く