管理人の放浪概論

 

 

0.冬場の暇つぶしに考える

 

冬場はどうしても更新ネタが無くなってしまう。出かけるとしてもショートツーリングが主体となって、あまりパッとしない。そこで、当ページの管理人が放浪することについて考え、それにまつわる持論などを展開し、またその原点と変遷を辿ることにて間を持たせようと試みた。不備があることは承知であるし、定義が曖昧で論を成していない部分もままある。まあ、暇つぶしと思ってちょっと考えてみようというわけだ。ということで、♪かなり私的な、意見もするが、俺の本音を聞いてくれ(関白宣言風に)。

 

1.管理人の走行暦(2009年2月現在)

 

まず最初に管理人の原動力機付の2輪車放浪の歴史を探ってみよう(別頁の記憶の中のバイク達もご参照を)。

管理人は暇さえあれば、2輪車で出かけていることは今更言うまでもない。北海道ツーリング3回、四国一周経験あり、九州到達1回、日帰り近郊においては数知れず。とりあえずは今までの所有バイクとその走行距離を基に、論を展開していこう。その所有したマシンと各々での総走行距離はおおよそ以下の通り。

 

メーカー

 機種    

 走行距離

 ホンダ  

NS-50F(供

 15,000km

 ホンダ 

VT-250F(掘

 16,000km

 カワサキ    

GPX-750R(機

 30,000km

 スズキ  

RF900R

 42,000km

 ヤマハ  

TDM850(供

 24,000km

 ヤマハ  

TDM900('03)

 49,000km

 カワサキ    

KDX125SR(掘

 12,000km

 備考:TDM900とKDX125SRについては、現在所有しているバイク

 

                                                  合計走行距離=188,000km

 

こうしてみると、1990年2月26日に原付免許を取得してから19年、まあまあ結構走っているんだなぁ。

ところで、航空機のように飛行時間ならぬ走行時間を平均走行時速30km/hと仮定、また航空機の飛行時間算出法に倣って、エンジン始動からエンジン停止までを走行時間と定義して計算してみる。すると、総走行時間は6166時間である。うち現役の機体である、TDM(850と900はほぼ同一機種と認定されている?ので合算する)が2433時間、KDX125SRが300時間となっている。

 

因みにツーリングで有名な加曽利氏は1,000,000km(3万3千時間)以上を走破しているそうだ。まさに破格の経歴の持ち主といえよう。

 

2.放浪するなら免許だけでは不十分?

 

ここで早速話が本題と逸れるが、当ツーリング研究所では勝手な解釈に基づいて、各車種の型式限定運転技能証明というものを発行している。なぜかと申し上げると、恐らく教習所や練習所での練習だけでは運転は可能であるが、楽しんで乗ることは難しいと思われるからだ。想像していただきたい。大型自動二輪免許を取得して、GSX-R1000を購入したとしよう。楽しんで乗ることができるだろうか。特殊な場合を除いて不可能と思われる。やはりある程度の慣れが必要だ。その慣れを、管理人のバイクに対する楽しみ方(いわゆる放浪)に照らし合わせて解釈し、必要な項目と時間数を具体化したものが以下の規定だ。鼻で笑いながら読んでいただきたい。

 

 〜軈行時間100時間以上

 

◆.錺ぅ鵐妊ング路30時間(うち夜間走行1時間、雨天走行1時間を含む)

 

 街乗り30時間(うち夜間走行1時間、雨天走行1時間を含む)

 

ぁー動車専用道路走行5時間(原付車の場合は、最高速の70%での走行に替えることができる)

 

ァ〔な涸路走行       ・ オンロード車の場合は1時間

                                ・ オフロード車の場合は5時間

                                ・ モタード車の場合は3時間

ζ辰傍定しない走行 ・ オンロード車の場合は34時間

                           ・オフロード車の場合は30時間

                            ・モタード車の場合は32時間

 

α軈行時間には、往復200km以上のクロスカントリー走行を4回(俗に言うロングツーリング)含んでいなければならない

  また、当然教習所等の公安委員会が発行する免許取得過程での教習時間は含めてはならない。

 

だいたいこれくらい乗ればオイル交換時期がやってくる。ライディングを楽しむことができるようになるにはそのくらいの走行時間が必要なことは、経験者ならば納得いただくことができると思う。いや、もっと必要だろうが、そのきっかけを掴むにはこのくらい必要と言った方がいいかもしれない。そしてまた、この間は訓練期間として特に注意して走行していないと、せっかくの楽しいバイクで痛い目を見てしまう可能性が出てくる。かく言う管理人も、KDX125の型式限定運転技能証明取得の訓練期間に肋骨骨折等の憂き目を味わっている。バイクの道は結構険しい。もちろん管理人は過去も含めて所有した、下記すべての機種について型式限定運転技能証明の発行を受けている。尚、レーサーのAC-10型機(NSR50)は例外である。

 

 管理人の2輪車運転技能にかかる限定事項一覧

型式名称

一般名称

ホンダ式AC-08型

NS-50F(供

ホンダ式MC-15型

VT-250F(掘

カワサキ式ZX750F型

GPX-750R(機

スズキ式GT73型

RF900R

ヤマハ式RN03型

TDM850(供

ヤマハ式5PS型

TDM900('03)

カワサキ式DX125A型

KDX125SR(掘

 

だらだらとくだらないことを述べてきた。結局免許を取得することは、公道でバイクを運転できるということだけで、本当にバイクを楽しむには常に自己訓練が必要だと思うのである。もっとも訓練期間が終了し、型式限定証明を受けた後も運転技量の向上に努めなくてはいけないことは言うまでもない。

 

3.管理人の放浪癖はどこから

 

話題を変えよう。管理人はいつ頃から放浪していたのであろうか。どうも原点は小学校4年の時に、当時流行していた5段変速ギア付きの自転車を買ってもらったところまで遡るように思われる。もっとも、2学年上の兄貴とその友人はそれ以前からチョクチョク放浪していたようだ。

ところで、小学校の頃は「学校区」なるものが勝手に設定されており、一定年齢以上の引率者を設けずにこれを跨ぐことはご法度とされていた。最初はいい子のフリをして学校区内だけで活動していたが、そんなの1ヶ月もすれば飽きてくる。さらに身近には放浪の先輩である兄貴とその友人がいる。いっしょに走りに行けば学校区なんて概念は一気に頭の中から消え去ってしまう。当然だ。だいだい学校区って何よ?その地区の学校の教員が決めた仮想の境界線ではないか。しかも自己防衛のみを考えて、児童の自由を奪うとはなんたることか。なにかあれば親が責任を持つだけのことだ。親も学校に不当な責任転嫁をするもんだからそういう訳のわからないものが創られてしまうのであろう。まったく。そういう意味では、当方の両親は肝が据わっていたというか、子供の行動に無関心というか、放任というか、いずれにしても感謝している。

 

そういうわけで、学校ではブチブチ文句を言われつつも、まったく意に介せず、仲間も引き連れて放浪を楽しんだ小学生時代であった。因みに小学校には通学団なるものがあり、これは近所の児童が数人の班を組み、登校するのだが、その班がいくつか集まったものが通学団である。その通学団が一同に会する通学団会なるものが、月一回、土曜日の下校前に行われていた(当時は週休二日制ではなかったのだよ)。そこでいい子ぶったやつが「チクル」わけだ。いやらしいなぁ、また担当の教員もよく報告してくれたとばかりにそいつを褒める。まったくどうかしているよ。両親がいいっていってるし、学校に怒鳴り込むこともしないって言ってるんだからいいじゃんよ。また、クラスにもハマコーなるいい子ぶった奴がいて、似たようなことをする。ムカついた。お前は俺の教育担当者か!!俺の人生に責任取るつもりか!!

ついつい口調が荒くなってしまった。ともかく、往復20km、30kmという放浪を楽しんでいた小学生時代の管理人であった。

 

4.放浪時代への助走

 

中学、高校、は一応勉強していた(という言い訳)ので忙しかったので、放浪生活は一時中断していた。しかし、浪人時代からは徐々に天性の放浪癖がうずきだす。というのも、高校3年の3学期には受験に失敗したことが確定したので、1の走行暦でも紹介した通り、原付免許を取得した。ここでまた兄貴が登場。彼はホンダ式AC-08型機(NS50F)を所有しており、「お前も乗って練習しろ」と車両を提供してくれたのだ。兄貴は本当に弟想いの良い兄貴だった。もっともしばしば無茶なことをやらされたり、わけの解らない持論を押し付けられたりしたことも多々あったが、ここでは忘れておこう。

 

予備校が終わった後や休みの時は、勉強の息抜き(ということにしておこう)で近所の畑の中を通る農免道路を走って楽しんだ。この道はアップダウンあり、中速中心であるがカーブありと初心者が練習するにはわりと良い道であった。また、佐布里(そうり)という池に沿って走る道でも高回転までエンジンを回す走行を楽しんでいた。

 

浪人生活にも慣れ。とりあえず勉強もしていた(と思う)ので、ツーリングに出かけたいという誘惑に負け、信州大学に進学していた長野県松本市在住の友人を訪ねた。彼もホンダ式AD−04型機(MTX50)という原付を所有しており、共に彼の下宿を拠点に一週間で2500km(83時間)を走破した。白骨温泉、軽井沢、浅間山と随分楽しむことができた。その甲斐??あってか、翌年の受験では滑り込みで某大学に合格することができたわけよ。やれやれ、助かった。ところで、この友人の隣の部屋の男「福田士郎」氏がバイクに興味を持ち、ホンダ式AC−10型機(NSR50)を購入し、我が家に2回程遠征してきた話は別項(記憶の中のバイク達番外編)に記載した通りだ。

 

マニュアル車とはいえ、原付で地元から軽井沢、浅間山に行ったよ。レースもやってたんだって話はいまでも管理人がちょっと誇りに思っていることである。ああ、若かりし頃の想い出。

 

5.さらに加速

 

大学入学の年に自動二輪中型限定免許を取得し、ホンダ式MC-15型機(VT250F掘砲望茲蟯垢┐心浜人は次なる目標である自動二輪の中型限定解除審査合格を目指して翌年から練習所通いを開始。当時住んでいた実家から片道1時間弱をかけて車で有名な某市まで出かけて練習。43時間の練習でコーナリングの基本、一本橋、タコツボ、S字、クランク、スタンディングで波状路を越えながら左右確認、そのままハンドルフルロックでパイロンを引っ掛けないように曲がるなんてことを練習。VTは練習所通い、通学の足として活躍した。ツーリングはどちらかというとあまり行かなかったように思われるが、今のツーリング三昧の基礎を築くに当たり重要な役割を担っていたことは間違いない。これも若かりし頃の想い出だ。

 

6.放浪は爆発

 

こうして無事に中型限定の枠を外した管理人は、カワサキ式ZX750F型機(GPX750R)を格安で購入し、来るべく北海道ツーリングに備えた。因みに当時は排気量400嫩兇涼羝甜嵶召呂修谿焚爾里發里犯罎戮襪箸なり割安で、CB750Fなんてほとんど捨て値であった。昨今の高騰には驚くばかりだ。

 

この頃は大学も午後が空き時間となることが多く、学校帰りにフラッとツーリングなんてことをしょっちゅうしてました。そして夏休み、北海道に渡ることになるのであるが、金がないので行きは全工程一般道で自走。結局函館に到着したのは3日後の昼だった。これだけでも既に1500kmくらいは走行していたかな。そこから北海道に3週間程滞在、結局総計で7000kmは走行したものと思われる。こうなってくれば距離感覚がだんだんおかしくなってきて、一日300kmが標準、500kmだと頑張ったね、なんてことを言うようになっていた。ところで、数年前に北海道をバイクで100km走行するというお笑い芸人の企画があった。もちろん現地でバイクを用意してもらって、そこから走り出すということなんだけど、管理人の感覚では「そりゃツーリングじゃなくて、ちょっと北海道で暖機」ってなもんだ。

 

この後は事情により機体をスズキ式GT-73型機(RF900R)に変更した為、そのスポーティな乗車姿勢から走行距離はやや控えめになってしまう。また、当時は四国は徳島県に住んでいたこともあり、ツーリングのルート選択が限られていたことも要因の一つと言えよう。さらに、管理人には珍しく、彼女がいた(後に結婚、離婚となるが)ので、自ずとバイクとやや距離ができてしまった。それでも四国、特に徳島、高知、香川は幾度となく訪れ、愛媛も一度だけ泊まりで出かけたこともある。結果走行暦でも紹介したように42,000km(1400時間)走行後、もっと遠出ができるマシンにということで売却することとなる。

 

この際、ステップが低くハンドルが高い、一般的にはスポーツとは逆行すると考えられる乗車姿勢のマシンを購入することとなる。それがヤマハ式RN03型機(TDM850)である。このバイク、実はRF購入時に選択肢に入れていたことがある。しかし若かりし頃の管理人は、前述の乗車姿勢がなにか物足りなく感じていたので候補からはずれてしまった。

 

ところでこのTDM850RFより若干馬力が劣るし、高回転域の伸びも8000rpmで頭打ちとなる。さらに、タイヤも2サイズダウン(F110/80/ZR18R150/70/ZR17)と見た目はRFよりも穏やかに思えるが、とんでもなかった。高速域の伸び以外は明らかにTDMの方が上、というか性能を引き出しやすい=軽快に、スポーティな走りが可能と言うわけであった。特筆すべきは車体の細さ、RFよりも2回りは細い。ということで車体との一体感も得られやすく、また重量物が車体中心に集まっている(=マスの集中が追及されている)ので倒し込みのきっかけもつくりやすく、素早いバンキングが可能だ。そのうえ、ロングツーリング向きの乗車姿勢だ。どんどん足が長くなり、またR1-Z氏という僚友とも刺激しあって乗鞍往復(500km超)なんかも敢行した。結局調子こいて24000km(800時間)でぶっ壊してしまった。人生においてまたもや汚点を残す結果となる。

 

数ヶ月後、懲りずにまたバイクに乗りたくなり、貯金を全額使って現有機TDM900を購入することとなる。こちらはフレームが新設計となり、足回りも進化(リアサスはリンク式モノショック、タイヤも850よりも1サイズアップ)、さらにギアが6速化され、エンジン搭載位置も見直されたヤマハの意欲作。パワー感はそれほど変わらないが、コーナリング性能が2ランクほど上に引き上げられた。ヘタッピ管理人でもそこそこの速度で、安心して走行できる。ブレーキ性能もコントロール性重視な上に効きも強烈。安心して放浪の旅にでることがでるではないか。

まずは慣らしで開田高原他で、購入翌週には1000km点検。さらにR1-Z氏とキャンプツーリング。その他単独で泊まりツーリング数回、北海道2

、初九州、その活躍ぶりは別頁のツーリング記を参照していただくこととしよう。

 

また、冒頭で述べた通り、放浪には運転技能の向上も必要なので、別な切り口から技量向上をと考え、2005年の暮れにはKDX125SRを購入したことも忘れてはいけないと付記しておこう。さらに、ライダーの体力、実はこれが一番重要かもしれない。ということで、週に5日はジム通いで主に持久力向上に努めている。

 

7.まとめ

 

自慢か、マシンのインプレかわけの解らないものになってしまった。ともかく、放浪は

 

・楽しく

・安全に

・時に知的営み

 

という具合に楽しむものではなかろうかと思うのである。それは人生の縮図になっていることもある。

この辺りで止めにしておこう。           

 

2009年2月 管理人が暇にまかせて執筆

 

戻る